「7月」に頼らなくても成立する映画
──映画のタイトルを敢えて『kocorono』と命名したのはどんな意図があったんでしょうか。
川口:僕は『kocorono』とか『無題』がいいんじゃないかと考えていて、最終的に吉村さんにタイトルをどうするか尋ねたら「『kocorono』でいいんじゃない?」って軽く言われたんです(笑)。その後に「でもやっぱり、『kocorono』で良かったのかなぁ…」ってチラッと言われたんですけど(笑)。
吉村:いや、『kocorono』っていうアルバムのイメージで映画を観に来られても困るなと思ってさ。まぁ、困っても逆にそのイメージを粉砕してやる! っていう気持ちもあったんだよね。
川口:敢えて『kocorono』と名付けることで、そういうブッチャーズ特有の“アッカンベー!”的な姿勢とも取れるかなと思ったんですよ。
──「7月」の演奏シーンを敢えて入れなかったのも“アッカンベー!”的なスタンスゆえですか。
川口:「7月」の代わりに「8月」を入れたのは、僕が編集している映像だからなんです。僕がまだスペースシャワーに在籍していた頃なんですけど。あと、みんな絶対に「7月」は入るだろうと思っていたと思うんです。僕もギリギリまで悩んだんですけど、尺としても長くなるし、「7月」はみんな散々YouTubeとかで観ているだろうと思って。それと何よりも、「7月」に頼らなくても成立する映画でしたからね。僕は『kocorono』に限らずどの時代の作品も好きだし、「ブッチャーズと言えば『kocorono』だ」という人たちに対して“アッカンベー!”をぶつけたかった部分もあるんですよ。
吉村:粉砕だよ、粉砕。
川口:とは言え、いたずらにひねくれて作ったわけでもないんですけどね。
──その「7月」でギターをブン投げる“ライジングサン”の第1回目のステージとか、過去のライブ映像のなかから「これだけは入れておいて欲しい」というリクエストは吉村さんからなかったんですか。
吉村:なかったね。だって、入れたいと思ったらキリがないからさ。俺から欲してしまえばね。それは違う話だし、あくまで川口君から見たブッチャーズだから。「これだけは入れて欲しい」って言い出したら最後まで全部チェックしたくなっちゃうし。最初から自分目線じゃないから、俺の意見は外すよね。「あの部分は削ったらどうですか?」ってマネージャーからも言われたんだけど、「いや、それはダメだ」って突っぱねたんだよ。
中込:その割り切りと言うか決断は立派だと思うよ。
吉村:大人になったでしょ?(笑)
川口:あと、最初の打ち合わせの時に「バンドの言いなりになるような映画は作りたくない」って僕が言ったんです。それを踏まえた上でOKが出たし、そこまで言うなら任せたよって言うか、川口君もちゃんと責任を背負ってくれよ的なニュアンスはありましたよね。直接そういうことを言われたわけじゃないですけど。
──たとえば時系列で『未完成』の頃を追っている場面では現編成での「プールサイド」のライブ映像が挟まれていたり、時間軸の交差のバランスがとても鮮やかですよね。
川口:やっぱり今のライブが僕は好きだし、自分で撮っていたからなるべく今のライブを入れたかったんですよ。
中込:ようちゃんは昔から“今を生きる男”ですからね。ちょっとサウンドが変わったら過去の曲はもう二度とやらないし、若い時分からとにかく「今を見てくれ」っていうスタンスなんです。そこは昔からずっと一貫してるんですよ。
──あと、所属事務所の社長から「もうこれ以上フォローできない」と説明を受けて吉村さんが憮然とするシーンがあるじゃないですか。よくあんな場面まで入れ込んだなと思って。
吉村:俺はあのシーンになると必ず便所に行くからね(笑)。
川口:今のところ2回観てもらったんですけど、吉村さんはあのシーンで必ず席を立つんです(笑)。
──昨今のミュージック・ビジネスの過酷な一面を象徴するようなシーンだし、それをそのまま使ってしまうのが凄いなと。
吉村:だって、あれが現実なわけだからさ。
川口:あの8カ月のなかでもとりわけ大きな出来事だったし、外すわけにはいかなかったんです。ただ、そういう話し合いを撮るに際して、僕としてはなるべく静かな場所でやって欲しかったんですよ。そのほうが撮影しやすいので。それなのに、場所は必ず吉祥寺の「いせや」になるんですよね(笑)。なるべくしんみりしたくないという理由で。
──レコード会社との契約書にサインをするシーンは?
川口:あれも「いせや」です。「騒がしくて録音できないですよ、吉村さん」って何度言っても絶対に「いせや」っていう(笑)。