「溜める」のと「もたる」のは意味が全然違う
──それにしても、名ヴォーカリストが2人も揃うとゴージャスさが格段に増すし、ものすごく贅沢な共演であることを改めて実感しますね。
卓偉:歌録りはホントに勉強になりました。森重さんの歌は溜めがしっかりとあって、アフターなグルーヴの大切さを改めて思い知らされたんです。僕はパンクから入ったせいか、溜めて唄うことが苦手なんですよ。森重さんが僕に言って下さった教訓があって、それは「どんなに速い車に乗っていたとしても、後部座席でふんぞり返っているように唄え」と。車っていうのは歌のことですね。あと、「『溜める』のと『もたる』のは意味が全然違う」と。「溜めてもスピード感が出せる唄い方が絶対にあるから」と言われて、確かにその通りなんですよ。今回のレコーディングでも、ミックスの時にエンジニアの方と一緒に森重さんの歌の波形を見ていると、音符のギリギリまで歌が入っているんですけど、次のアタックは速いんですよね。歌がもたる人は次のインが遅いわけですよ。それが波形を見てもよく分かって、「こういうことか!」と理解できたんです。
森重:でも、卓偉みたいにスクエアな唄い方はすごく難しいんじゃないかな。たとえば中島卓偉の歌をカラオケで唄ったらホントに大変だと思うよ。本人がロックって言い訳をしていないからね。卓偉はすごいこだわりの人だし、自分のテイストを随所に持たせられることもちゃんと知っているはずなんだけど、決してテイストに逃げないんだよ。しっかりと理論のある人がテイストを語るのはいいと思うんだけど、テイストしかない人が自分のテイストをロックと言い切ることに俺はすごく反発がある。卓偉はコレクトであることを理解しているからテイストを語れるんだよね。テイストしか知らない人はコレクトがないし、基準のないところでテイストを語られても説得力がないんだよ。だから俺はロックを楯や鎧にしている人をあまり好きになれない。もちろん自分にだってそういうところがあるけど、俺は自分のそういう部分が嫌いだね。「ロックだから」って自分で言っちゃうとすごく恥ずかしくなるからさ。ロックっぽいことは大好きだけど、そうじゃないことの大切さをないがしろにしたのはイヤだよね。今回の「今は何も言わずに」の歌詞を卓偉が気に入ってくれたのだとしたら、卓偉のコレクトな仮歌やオケがしっかりとあって、その上で俺がアプローチできたからだと思う。
卓偉:ありがとうございます。常にステージのセンターに立ってソロのヴォーカリストとして活動している人間同士が唄い合うっていうのは、ものすごいコラボレーションだと思うんですよ。ヴォーカリストとギタリストがコラボするのはサウンドに重きを置くものですけど、歌は生ものですからね。声の周波数にも関わってきますし。だから今回の森重さんとのコラボはもはやハーモニーという域ではなかったし、自分が事前に考えていた以上のものを生み出せた手応えがあるんです。僕はどうしてもジョン・レノンとポール・マッカートニーのハーモニーをいつも意識してしまうんですけど、あれは互いが歩み寄って完璧なものにしていると思うんです。でも、森重さんとはむしろ歩み寄るよりも声自体をぶつけ合ってハーモニー以上のものを作りたかったですよ。だから、歌録りの時に森重さんに「僕の上をハモる時も下をハモる時も、長さに合わせることはあってもニュアンスは合わせないで下さい」とお願いしたんです。綺麗にハモろうとするならニュアンスを合わせたほうがいいんですけど、それはちょっとイヤだったんですよね。無理に合わせないほうがお互いの声が聴こえてくると思ったし、だからこそ最後の「♪笑ってて」というフレーズも2人の声がよく聴こえるんじゃないかなと。
──『アコギタクイ』のサブタイトルは「共鳴新動」と命名されていますが、「今は何も言わずに」の歌詞の中に「共鳴」という言葉が使われているのは偶然なんですか。
卓偉:そうなんですよ。ちょうどアルバム・タイトルを決めた頃に森重さんから歌詞を頂いて、よく見たらそこに「やがて共鳴するだろう」というフレーズがあったんです。こっそりウチのマネージャーと打ち合わせをしたのかな? なんて思ったんですけど(笑)。
森重:それは多分、俺が卓偉の声をイメージして出てきた言葉なんだと思うよ。俺自身、すごく我の強い人間だし、センターで歌を唄ってきた人間っていうのは良くも悪くも人と折り合いをつけるのが下手なんだよね。下手だからセンターに立つ意味もあるって言うかさ。でも、それは別に好き勝手な生き方をしているというわけじゃなくて、責任を背負いながら自分の人生を自分なりに歩いている。そんな人間同士が発する声が共鳴し合う瞬間は奇跡だと思うし、共鳴という言葉自体がとても素敵だよね。俺は卓偉のことがすごく好きだし、卓偉も俺のことをリスペクトし続けてくれているけど、いつもべったりしている関係じゃないのもポイントなんだよ。今回はたまたま卓偉から「一緒に唄って欲しいんです」とメールが来て、これはまた誰かと交われる季節が自分に巡ってきたのかもしれないと思ってさ。
卓偉:いいタイミングだったんですね。光栄です。
森重:俺としても純粋に「ありがとう」という気持ちなんだよ。卓偉はいつか一緒に唄えるかもしれないと俺が希望や期待を持っている最右翼の人だし、過去にコラボレートさせてもらったSIONさんもあのタイミングだったからこそ実現したと思うんだよね。SIONさんともいつもべったりなわけじゃないし、時折ツアー先のホテルでばったり会うくらいなんだけど、その距離感が俺はいいと思っているわけ。無理矢理そこで会う関係じゃないのがいいし、いつかまた会える日が来ると俺は信じているから、そこに焦りも何もないんだよね。卓偉との関係性も同じなんだよ。いつかこうしてコラボレーションする時が来ると思っていたからね。