表現者として絶対に避けられない「孤独」
──卓偉さんは『NAKED SUN』を聴いてどう感じましたか。
卓偉:僕の中では全曲ロックンロールでした。ラヴ・ソングもいいし、サイケデリックな部分もいいし、ホントに好きなアルバムですね。
──タイトル・トラックに「裸の太陽のまぶしさの中で自分をさらけ出す」というフレーズがありますが、これは従来になく自身を露わにしたいことの表れなんでしょうか。
森重:どうなんだろう。さらけ出してしまうことの気持ち良さっていうのは、相手の気持ちを考えた時にどうかな? って思うこともあるんだよね。人間って言っちゃえばラクになるものだし、さらけ出すことで自分がラクさを求めているところもあるのかもしれない。…でも、やっぱりそれはよく分からないな。自己分析はできるようでできないからね。
卓偉:森重さんのソロ3作目の『BUTTERFLY』(1999年1月発表)が出た時に、歌詞がものすごく強いアルバムだという印象を受けたんです。ファンなりに言うと、すごく吐き出した感じがあったし、「ここにフィクションはないな」と思うくらいの詞が並んでいるのを見てドキッとしたんですよ。森重樹一像がストレートに伝わったと言うか。僕は詞を書く時に完全にフィクションにする場合と、経験を活かして半分フィクションにする場合と、「これはすべてリアリティなんだ」っていう場合があるんですけど、年々フィクションを書くことに物足りなさを感じているんです。森重さんが言うように、人間言ってしまえばラクになれるし、逆に言えば、今ここで言っておかないと自分自身が苦しくなるんですよね。そんな意識が30代になってから強くあるんですけど、周りの目を気にしてリアリティを言わないでいようとする自分もいる。森重さんが言った通り、僕も結局は聴く人のことを考えてしまうんです。でも、自分がステージに立った時に何が一番リアリティがあって、何が一番胸を張れることなのかと言えば、少なからず発表してきたレパートリーの中でもリアリティに溢れた歌詞の曲なんですよね。森重さんのライヴを見ていても、森重さんらしさが一番出ている曲、森重さんのリアリティが一番溢れている曲を聴くと、もう素で感動してしまうんですよ。「こういう感覚って何なんだろう?」ってオーディエンスになっている時も自分がステージに立っている時も考えると、これから曲を書いていく上でリアリティに優るものはないと思うんですよね。言い方は考えなくちゃいけないけど、「これが自分なんだ!」っていうことを書かなくちゃいけないなと。今回、森重さんに「今は何も言わずに」という曲の歌詞を書いて頂いて、それを改めて強く感じたんです。あの歌詞を読んで、「これは森重さんだな」って僕は思ったんですよ。それでいて自分のことに置き換えられるところもたくさんあって、感情が入っていきやすい。
──「今は何も言わずに」の歌詞からは、森重さんと卓偉さんの表現者としての矜持と表現者ゆえに抱える荒涼感みたいなものを感じましたが。
卓偉:他人っていうのは言いたいことを言ってくれないんですよ。自分が言ってほしいことを人は絶対に言ってくれない。でも、僕はこの「今は何も言わずに」の歌詞を読んだ時に言いたいことを言ってくれたと思ったから共感したんです。もちろん、全員が全員言いたいことを言ってくれなくても別にいいんですけどね。この間雑誌を読んでいたら、村上龍さんの深い言葉があって。「この世で二番目に嫌いなことは『理解されないこと』で、一番嫌いなのは『理解されてしまうこと』」だと。つまり、人に理解されるようなことを提示するほど自分は腐っちゃいないってことですよね。
森重:おお、なるほどね。
──俺のことがそう簡単に分かってたまるものか、っていう。
卓偉:そういうことですね。それってすごく大切なことだよなと思ってハッとしたんですよ。だとすれば、ホントに自分が感じることを提示して、それがたとえ理解されなくても、自分は自分を理解しているんだってことを提示することがパンクだったりロックだったり音楽だったりするんじゃないかと思って。そのことを「今は何も言わずに」の詞に教えてもらったような気がしますね。
──「今は何も言わずに」は情感を奮わせるアレンジの妙が広がりのあるスケール感を生んだ雄大なナンバーですが、どんなやり取りを経て生まれたんですか。
卓偉:最初から「これを森重さんと唄いたい」という曲があって、それに仮の歌詞を付けたデモのテイクを森重さんに聴いてもらったんです。初めての試みとして、頑張ってへなちょこな譜面も用意したりして(笑)。
森重:いや、俺は今まであんな丁寧なことをしたことがないよ!(笑) 卓偉が森重樹一に対してどれだけ愛を持ってくれているのかを感じて、ホントに嬉しかった。俺は卓偉の15歳上で、俺の15歳上って言えばスティーヴン・タイラーなんだよ。立場は全然違うけど、俺がスティーヴン・タイラーに譜面を用意するようなものでしょう?(笑) 歳の差なんて関係ないと俺は思っているし、卓偉が年下だからとか思ってもいないわけ。それを言ったら俺なんて頭の中が3、4歳みたいなものだから(笑)。
卓偉:何を仰いますか(笑)。
森重:いや、ホントに。卓偉には、自分自身にない大人をいつも感じるんだよ。彼が先輩である森重樹一に書いてくれた手紙や譜面っていうのは自分にとってすごく嬉しいものだったし、今回は何が俺にできるかだけを考えさせてもらった。卓偉は素晴らしいミュージシャンだし、素晴らしいシンガーだと常に思っているから、その彼が好きだと言ってくれる森重樹一としてやれることをやらなくちゃいけないんじゃないかと思う自分もいるんだよ。だけど、俺は未だに頭の中が3、4歳で、28年前にZIGGYを始めた頃の「俺が一番だからよ!」って豪語する森重樹一でしかないんだという思いもある。「自分は先輩だからこれくらいのことはしなくちゃな」って配慮する気持ちはもちろんあるけど、それは常識レヴェルだからつまらないんだよね。そうじゃなくて、相も変わらず鼻っ柱の強いガキンチョのままの森重樹一を出してみたかった。卓偉と唄うことを想像しつつ、自分の言葉じゃないと嘘っぽくなるから、今の自分に書ける詞を書いてさ。何て言うのかな、自分の中にある幼稚さや大人な部分、空っぽさやいい意味での高慢さ、拭いきれないコンプレックス…そういうのは俺にとって全部エネルギーだし、そういう人間誰しもが抱える歪さを卓偉の歌からも俺は感じるわけ。それを歌にする行為はどこまでも孤独だよね。表現者としてステージに立つ以上、それは絶対に避けられないものだし、家族がいて帰る場所があるっていうのとは全然違う意味での孤独が表現者にはつきまとうものなんだよ。まぁ、同じ表現者として卓偉にも共感し得るものがあればいいなと思って書いた歌詞を、卓偉が唄うことで上手くハマればいいなと思った程度なんだけどね。