『SMILEY'S CONNECTION スマイリー原島 BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~』千秋楽、スマイリー原島66歳の誕生日当日。
往時の西新宿LOFTを彷彿とさせる豪華面子と熟考された選曲、各セクションの開始前に原島のMCが挿入される心憎い演出、鮨詰の会場内を行き来するお客さんの心底楽しげな笑顔、この日だけ「三戸」に戻った水戸華之介いわく「ほぼアレ」ことアンジーの実に24年振りの熱演、バーホールに展示された原島のパネルの数々、熊本支援寄付金の横に飾られていた原島と三原重夫(2026年7月31日死去)が並んだ写真、その横の弊社前社長である小林茂明(2017年5月19日死去)の写真……この日、強い感銘を心に受けた場面はいくつもあったけれど、個人的に一番印象に残ったのは終演後に見たエフエム熊本のディレクター、麻生純一の姿である。面識はないが、イベントの冒頭でMCのちわきまゆみと共にステージに立ち、「負くんな熊本」寄付金箱の説明をしていた人だと気がついた。
麻生は撤収作業中のステージを向いてフロアの柱に背をもたれ、うなだれるようにしゃがみ込んで目頭を押さえ、呆然としていた。13年ものあいだ『FMK RADIO BUSTERS』のディレクターとパーソナリティとして絆を深め、苦楽を共にした盟友の不在を嘆いていたのだろう。その仕草に思いがけず胸をかきむしられた。
明るく賑やかなことが大好きだった原島の6日連続で行なわれた生誕祭、それもその集大成と言うべき祝宴のレポートでいきなりこんな湿っぽいことを書くのは不粋の極みだと自分でも思うが、強く眩しい光を放ち続けた人の不在は心の影や内なる闇を一層濃くするものだ。原島のデスクは一時期LOFTの事務所にあったし、ぼくはこれまで幾度となく原島と共にトークライブのMCをやらせてもらうなど親交があったので、彼があっさりと去ってしまったことが今もだいぶ堪えている。
だが今回の生誕祭6Daysが喪の明ける時機というか、怒涛の6日間が過ぎ、原島が空の上から「ぼちぼち元気ば出さんね」とあのダミ声で言っているように感じるのも確かだ。
原島が立ち上げた音楽事務所、SMILEY'Sで原島の薫陶を受けた秋山佳之(現・下北沢RHAPSODY代表)が制作総指揮を務めた『ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!』の<day6 新宿LOFT編>は、総勢40人以上の出演者が入れ替わり立ち替わりステージに立つこともあり、もうちょっと観たいと思わせるところで各セクションが終わり、矢継ぎ早に進行していく趣向。あまりに贅沢な顔ぶれと編成による演目が畳み掛けるように連射され、景気良く盛大に惜しみなく観客を楽しませようとするSMILEY'S伝統のもてなしの心と原島のためにも渾身の企画にしたいという秋山の気概を感じた。
横山英規(ベース)、ゲンショウ(ドラム)、GAKU(ギター)、岡部洋一(パーカッション)、澄田啓(キーボード)、ロベルト小山(アルトサックス、フルート)、YUKARIE(テナーサックス)、石川宏明(テナーサックス)、矢島恵理子(バリトンサックス)、平田直樹(トランペット)、多田暁(トランペット)、RIEZ!(トランペット)、小泉邦男(トロンボーン)から成るビッグバンド編成のTHE THRILL(チューバの関島岳郎は欠席)は、6年半ものブランクを微塵も感じさせないダイナミックなアンサンブルで祝祭の導火線に火をつける。ちわきと観客の合唱と共に原島へ贈られた「Happy Birthday to Smiley」を含め、わずか15分だが華やかなパーティーの幕開けに相応しい最高の賑やかしだった。
続く「ハメチ a-Go Go BAND」は、内藤幸也(ギター)、澄田健(ギター)、市川勝也(ベース)、高橋浩司(ドラム)によるホストバンドが曲ごとにボーカリストを迎えて原島のフェイバリットソングを披露する構成。
ウルフルケイスケが唄う忌野清志郎の「JUMP」を聴きながらスペースシャワーTVの番組『SOHO』での原島と清志郎の微笑ましいやり取りを思い返したり、『トラブル中毒』のコスプレ衣装で現れたニューロティカのイノウエアツシが唄うARBの「魂こがして」(ウルフルケイスケもギター&コーラスで参加)を聴いて「88〈ややうけ〉ライダードラゴン」の命名者が原島だったことを思い出したり、G.D.FLICKERSの稲田錠が唄うルースターズの「恋をしようよ」で1番の掛け合いを勝手に入れて錠の足を引っ張るアツシにややうけしたり。
澄田が錠と唄い分けたロッカーズの「恋のファンファーレ」ではベースを穴井仁吉が、ドラムを田中元尚がそれぞれ務め、コロナ禍前のロッカーズが陣内孝則と百々和宏以外揃い、シアターブルックの佐藤タイジがボーカルとギターで参加したサンハウスの「地獄へドライブ」、本セクションの唄い手が総登場してMCのちわきまゆみが唄うシーナ&ロケッツの「レモンティー」といった、原島の情操教育に多大な影響を与えたであろう不滅の博多クラシックスが立て続けに披露される。
80年代の西新宿LOFTがめんたいロックと呼ばれたムーブメントといかに密接な関係にあったか、「from 博多」と括弧付きで表記された当時のバンドの多くが新宿LOFTを東京の足掛かりとしていたことをあらためて実感し、原島もその渦中にいたことを再認識したセクションだった。
大島治彦(ドラム)、伊東ミキオ(キーボード)、中島芳生(ギター)、松藤雷蔵(サックス)、穴井仁吉(サポートベース)から成るSMILEY & THE DOCTORSは、ザ・プライベーツの延原達治(ボーカル、ギター)とex.亜無亜危異の藤沼伸一(ギター)をフィーチュアした特別編成。
延原のソウルフルな歌声に胸が躍る「Suki Suki Suki」、軽快かつ朗らかな曲調で松藤のハーモニカが冴えわたる「Fishin'」、伊東の跳ねる鍵盤が勢いを加速させる「Success」、工藤和彦(ベース)も参加して音の厚みと高揚感が増した「Blue Bird」と、リズム&ブルースなどのルーツ音楽を分母に置いたタイトで熱量の高いアンサンブルが実に素晴らしく、思わず酒が進む。とりわけ藤沼が参加して以降の「Success」と「Blue Bird」で聴かせた、身体を自然と揺らしたくなるしなやかなグルーヴはまさに絶品。延原は原島に誘われてDOCTORSのライブでたびたび客演していたこともありバンドとのコンビネーションが絶妙で、延原をボーカルに迎えて第二期DOCTORSを始動させてほしいと感じたほどだ。
60分という最長セクションの「CONNECTIONS & singin' アクシデンツ」は豪華絢爛なロック絵巻と言うべき一大セッションで、岡本雅彦(ベース)、山川のりを(ギター)、篠原太郎(ギター)、伊東ミキオ(キーボード)、田中元尚(ドラム)、松藤雷蔵(サックス、ハーモニカ)による辣腕バンド=CONNECTIONS(全員がタイプは違うが水玉模様のシャツを着用。松藤は原島のシャツを着ていた)にゲストが代わる代わる登場する演出。岡本いわく「リードMC、ときどき歌」の穴を埋めるべく、山川と岡本による掛け合いMCが進行を司る。
山川ボーカルの疾走感溢れる「イヤな事」、伊東ボーカルの軽快なロックンロール「NA NA」、篠原ボーカルの滋味深いレゲエソング「お散歩」(「So Lonely」とのハイブリッドが見事)、再び山川ボーカルの多幸感に満ちた「歌をうたおう」とCONNECTIONSのレパートリーが続いた後はアクシデンツのパート。
岡本の呼び込みで宙也(ボーカル)と下山淳(ギター)がおもむろに現れ、博多時代のアクシデンツのレパートリーだったドアーズの「Break On Through (to the Other Side)」と、作詞・柴山俊之、作曲・下山淳の名曲「太陽もとどかない」を披露し、「42年前に福岡でアレルギーの前座だったアンジーの前座をまさか今日やるとは」というMCを含めて大いにフロアを沸かせた。
ex.亜無亜危異の仲野茂は「原島はスターになりたかったらしいだけど、俺は芸能人になりたかった」と笑わせながらアクシデンツ黎明期の人気曲「I Wanna Be A Star」を堂々と唄い上げ、「天国にいる原島とマリ(逸見泰成)に贈ります」と亜無亜危異屈指のマスターピース「心の銃」を渾身の力で唄い切る様はさすがの貫禄。
本セクションのトリは原島と同郷の後輩であるレピッシュのMAGUMI(ボーカル、トランペット)と杉本恭一(ギター)が務め、1985年に発表されたアクシデンツのファーストアルバムの表題曲「Human Zoo」とレピッシュの代表曲の一つである「リックサック」が奏でられた。原島から「面倒くさいけん(呼称を)『ハメチ』にしてくれよ」と言われながらも結局言えずじまいだったというMAGUMIが「ハメチー!!」と叫んだのは込み上げてくるものがあった。
バンマスである岡本を始めとする名うてのバンドマンとゲストの呼吸はどのパートもぴったりで、百戦錬磨のバンドマンたちのスキルとセンスは伊達じゃないと舌を巻く。みな楽しげに原島との思い出を語り、フロアは笑いの渦に包まれる。そしてやはり思わざるを得ない。なぜこの場に原島がいないのだろう? と。立て板に水の軽妙なMCはさっきから随所で聞こえるのに、なぜその姿が見えないのだろう? と。
そんな感傷的な気分を易々と切り裂いたのが「ほぼアレ」「例のアレ」である。原島のために24年振りに再結集を果たしたアンジーは、三戸華之介(ボーカル)、中谷ブースカ(ギター)、岡本様ひこ(ベース)に加え、アンジーが初のツアーを行なった際の運転手兼ローディーだったという大島治彦(ドラム)が参加する形態で、この日の大トリを飾った。このセクションだけちわきのMCはなく(MCの達人である原島に代わり、たった一人で淀みない進行を務めたちわきには惜しみない賛辞を送りたい)、「Yeahって言えー!」という原島の声に導かれてバンドの板付きで始まった。
「サーカス」、「祈り」、「すべての若き糞溜野郎ども」、「ミミズ」、「銀の腕時計」、「でくのぼう」という30分強のあいだに披露された全5曲はいずれもアンジーがアクシデンツと切磋琢磨していた博多時代のナンバーで、「天井裏から愛を込めて」や「素晴らしい僕ら」などの代表曲をあえて外したのは「今回はハメチといつも一緒にいた時代の曲で固めるのが一番」というバンドの意向があったからだという。
長らくステージに立つことから遠ざかっていた中谷はブランクをまるで感じさせないキレのあるプレイと狂気を帯びたパフォーマンスで存在感を誇示し、三戸は「俺は客席に唄わせるタイプで、できれば半分くらい唄いたくない」とおどけながらも記名性の高い歌声をしっかり届け、自身のアンジーのデビューライブ(『天神解放地帯』)とほぼ同じ衣装だという岡本は淡々とすわりの良い低音を轟かせる。「銀の腕時計」の終盤、「(原島に)聴かせてやってくれー!」という三戸の掛け声により「シャンララララ……」のコーラスで場内が一体となった景色は実に美しく、この日のハイライトの一つと言っていいだろう。
アンコールは2曲。「ほぼアレ」の3人に大島治彦、下山淳、伊東ミキオが加わり、アクシデンツと同義語と言える代表曲「雨のメインストリート」(三戸いわく「ハメチの残した誰もが知る国民的代表曲」)を披露。三戸、MAGUMI、延原達治、稲田錠、宙也、仲野茂の順で交互にボーカルを取る様、情感をたたえた下山のギターソロに身震いする。
さらにウルフルケイスケ、佐藤タイジ、杉本恭一が呼び込まれ、原島が生涯こよなく愛した歌が最後にオールスターキャストで合奏された。それは「(What's So Funny 'Bout) Peace, Love, and Understanding」。ニック・ロウの作詞・作曲による、ブリンズリー・シュウォーツが1974年に発表した楽曲で、原島が大好きだったエルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズも1978年発売のシングル「American Squirm」のB面に「Nick Lowe and His Sound」名義で収録していた。
この「Peace, Love, and Understanding」の日本語詞を、今回の原島生誕祭のために三戸華之介が独自に書き上げた。「ハメチにいま一番言っておきたいことを自分では書いたつもり」という歌詞は以下の通りである。(※は担当ボーカル)
※三戸華之介
遊ぼう 別世界のゲーム
召喚を唱えたりして呼ぶ魂 Oh yeah
※ウルフルケイスケ
曖昧な 理想論で
心は燃える火事のようだよ Oh yeah
※全員
だから
死んでる場合じゃないぞ
墓から飛び出せ
そう 無双な我ら
Peace Love And Understanding
Oh 無双な我ら
Peace Love And Understanding
※佐藤タイジ
から騒ぎ ぶっとんだ態度
破裂しそうな笑顔 逢いたい 逢いたい
※杉本恭一
「どげんね? 今日は」
「おう、ぴしゃりたい!」
天国とハーハーモニー そうハーモニー
※全員
だから
死んでる場合じゃないぞ
墓から飛び出せ
そう 無双な我ら
Peace Love And Understanding
Oh 無双な我ら
Peace Love And Understanding
※三戸華之介
「どげんね? 今日は」
「おう、ぴしゃりたい!」
天国とハーハーモニー そうハーモニー
※全員
だから
死んでる場合じゃないぞ
墓から飛び出せ
そう 無双な我ら
Peace Love And Understanding
Oh 無双な我ら
Peace Love And Understanding
Oh 無双な我ら
Peace Love And Understanding
印象に残ったのは、ケイスケや延原、宙也と楽しそうに肩を組みながら唄う酩酊気味の茂、恭一や錠に促され、前方へ出て間奏のギターソロを弾く明るい表情の下山、最後に右手の人差し指を天へ向けて深く目を瞑る三戸の姿。「ハラシマーッ! ハッピーバースデー!」という茂の絶叫と共に4時間強にも及ぶ盛大な原島の生誕祭は幕を閉じ、大団円を迎えた。
Photo:Kanade Nishikata
人は二度死ぬ、と言われる。一度目は肉体が滅びたとき、二度目は人々の記憶や心から忘れ去られたときだ。
原島の生誕祭出演に中谷を誘った際、三戸はその口説き文句としてこんなことを言ったという。
「さすがのハメチもそう何度も死ねないから、ここは一度出といたほうがいいんじゃないの?」
天候不順の平日の月曜日にもかかわらず詰めかけた450人以上の観客、総勢40人以上の出演者、東京のみならず全国から集結した大勢の関係者、この日までの生誕祭5日間に来場した観客と演者たちにこれだけ愛されているのだから、原島が二度死ぬことは決してないだろう。無双な我らはこの先も事あるごとにあのダミ声と人懐っこい笑顔を何度も何度も思い返し、原島にはそのたびに墓から飛び出ていただこう。
最後に余談を。独断と偏見で言わせてもらえれば、この日のMVPはSMILEY'Sの石橋麻紀と秋山佳之、岡本雅彦である。そして極めて個人的なことを記せば、主にキャッチコピー作成とイベントMCにおける師匠筋、我が心の終身名誉監督はスマイリー原島こと原島宏和その人に他ならないことを、今回の生誕祭6Daysにまつわる記事作成や盟友たちの座談会取材を通じて痛感した。「LOFTはただのハコじゃない、人格があるんよ」と原島が深い愛情を注いでくれたLOFTの暖簾を守り、老舗の歴史を堅持することが原島から託された責務であると、新宿LOFT半世紀の大きな節目にぼくは勝手に感じている。
Text:椎名宗之 / Photo:Mariko Miura
令和8年熊本地震による熊本城の復旧・復元のためにご支援いただいた皆さまへ
『SMILEY'S CONNECTION スマイリー原島BIRTHDAY FESTIVAL 6days ~ハメチ a-GOGO CARNIVAL!!~』の期間中、各会場で「負くんな熊本」寄付金箱を設置しました。
原島さんが長年パーソナリティを務めたエフエム熊本『FMK RADIO BUSTERS』を通じ、原島さんも大好きだった熊本城の復旧・復元のための支援金として寄付をお願いしました。
皆さまからいただいたお気持ちを携え、さる10月8日に『FMK RADIO BUSTERS』のスタッフが熊本城へ行き、寄付金をお渡ししてきたことをここに謹んでご報告いたします。
皆さまの温かいご支援、お心遣いに深く御礼申し上げます。本当にどうもありがとうございました。
![]()














