田渕ひさ子のバンド正式加入というあの衝撃の報から1年余り。4人編成となって初となるbloodthirsty butchersのオリジナル・アルバムが遂に発表される。タイトルは『birdy』。「△」から「□」へと必然的な化学変化を経過した現在のブッチャーズが如何に良い状態にあるかは、曲作りからミックスダウンまでの制作期間が僅か3ヵ月という異例の早さ、何よりこの作品自体の大変な充実ぶり(どれだけ控えめに言っても"紛うことなき傑作"である!)が如実に物語っている。そしてその充足感は、アルバムのフロント・カヴァーにある吉村秀樹の堂々たるVサインからもしかと窺えるだろう。
というわけで1月某日、都内某所。4人が手タレ(手専門のモデル)をそつなくこなし、クチバシとアルパカポンチョを身に纏って見事"鳥人"と化したジャケット撮影終了直後に話を訊くことができた。(interview:椎名宗之)
晴れて4人で手タレ・デビューを果たしました
——撮影お疲れさまでした。それにしてもまた凄まじくインパクトのあるアー写でしたね。まさか揃いも揃って鳥人間になるなんて(笑)。
吉村:うん(笑)。アルバムのタイトルから膨らませて、だんだんできてきたイメージっちゅうか、今回もまたポンチョを使って。大掛かりだったらもっといろんなことができるんだけど…まぁ、手作りといえば手作りで。
——高級工作用紙でできたクチバシっていうのがいいですよね。デザイナーの三栖さん(eyepop)は「ちょっと小馬鹿にしたあの感じが社会に対するアンチテーゼなんだ!」と仰ってましたけど(笑)。
吉村:最初は本物の鳥のクチバシから型を取って、シリコンとかゴム製の生々しいやつを頼んで作ってもらおうか、とかも思ったの。特殊メイクみたいな感じで。でもそうなるとさ、それはそれで大変なわけさ。ただ結局は、画用紙を使っても自分が思い描いてたイメージと意外にうまくハマるもんなんだよね。…まぁ、これは何にでも言えるんだろうけど。
——ジャケットにドーンと鎮座するピースサインの意味するところは?
吉村:あれは平和とかそんなんじゃなくて、普通に感情でもあるんだろうけど、本当は…(と、ピースサインを裏返して)こうだ、という(笑)。
——ああ、手の甲を向けてのピースは反抗のシンボルですよね。
吉村:あとは、メンバーの手をジャケットに使うのがいいんじゃないかっていうのがまず基本にあって。だから今回、晴れてみんなで手タレ・デビューを果たしたと(笑)。グー、チョキ、パーで何パターンか撮って。
——そういえば、初期のブッチャーズには握りコブシのイラストがジャケットのカセット音源がありましたよね。
吉村:うん。それとか、裏返しのピースはSTIFF LITTLE FINGERSのマークになるとかいう意味もあるわけよ。そういうものに対してのリスペクトもちゃんとあるという。いろいろ考えたんだよ、スタジオへ入るまでに精神的に怒ってたら全部コブシにしてやろうとか(笑)。
——ライトニン・ホプキンスの『MOJO HAND』みたいな突き抜けたコブシを(笑)。
吉村:ジャケット案として、最初はクチバシのヴァージョンと手のヴァージョンの2個パターンを考えてたっちゅうか。でも発想的には全然違うわけで…クチバシだったら大変だということで。話しててもみんなのイメージが合わないんだよね、なかなか。だから、意味を訊かれれば細かいことはたくさんあるけど、余り深くはない…かな。
——前作の『荒野ニオケルbloodthirsty butchers』のジオラマ・ジャケットのように、射守矢さんの人形が焼酎のビンを持っていたり、裏に秘密警察が潜んでいたりとか、裏ワザの効いた細かい感じではなくて、今度の『birdy』ではもっとストレートな感じですね。それは音のほうでも同じことが言えるんじゃないかと思うんですよ。
吉村:そうそうそう。今回はそういった感じで。まぁ、余り考えてないって言うとこんなにガッカリさせることはないだろうけど、もっとデカいものを軸として進めていったというか。
——ブッチャーズ・ファンはその裏にある意味をつい深読みしたくなると思うんですよ。自分がその最たる人間ですが。
吉村:うん、でも深読みしないで下さい、余り(笑)。
新メンバーがダビング出場回数最多記録
——はい(笑)。今回一番驚いたのは、曲作りからミックスまでがバンド史上最短期間の3ヵ月という恐るべき事実なんですが。
吉村:まぁ、結果的にね、うん。俺も何とかそこに行けたから良かったんだけど。
——『未完成』や『yamane』の頃のように2年に1枚のペースを考えると、まるで別バンドのようです(笑)。
吉村:やっぱり1本ギターが増えて作業分担がはっきりしたし、一番の理由は俺のダビングが少なくなったからかな。今回ダビング出場回数が一番多かったのは、何と新メンバーだったからね(笑)。
田渕:頑張りました(笑)。
——確か〈RISING SUN ROCK FESTIVAL〉に出演後の曲作り期間1ヵ月ちょっとで、もう8曲ほどできていたという話で。
吉村:うん、余りイジってもいないし、時間のないぶん遠回しに考えることもできないわけで。短時間だと精神的に追い詰められるじゃない? そこんとこっちゅうのが俺は余り好きじゃないわけ。限られた時間のなかで集中して勢いのあるレコードを作れることは間違いないんだけど、なるべくならそうしたくはないなぁと思ってた、本当は。でも今振り返ると、3ヵ月でできて良かったなぁと思うけどね(笑)。
——10月くらいにSHELTERでお会いした時、レコーディングの状況を尋ねたら「俺以外は順調だ」って(笑)。
吉村:曲はまぁ取り敢えずあるし、ザッとバックを録ってから歌を後乗せしたんだけど…正直言って、「やるよ、やるよ!」なんて言ってていざとなると、やっぱり自信がないわけよ(笑)。結局は朝までできてなかったり。
——去年の2月13日にひさ子さんが正式加入した直後は、早く4人でレコーディングがしたいと仰ってましたよね。
吉村:最初の段階はね、やっぱりそう思うわけよ、バンドは。でも実際はなかなかそうもいかないものがあるわけで、それでどうしようかっちゅった場合に、それじゃライヴを録ろうって話になって。一歩待て、急ぎすぎ、みたいな。そりゃあ、やってる本人としては早く録りたいと思うさね(笑)。
——ひさ子さんは今回のレコーディングはどうでした? 思いのほかスムーズでしたか?
田渕:そう…だったみたいですね。その、今までを知らないから何とも言えないんですけど(笑)。みんな「おー、3ヵ月でできた、できた!」って言ってて、“ああ、スムーズだったんだ”とは思いましたけど。
射守矢:単純に、その制作期間の短さを見てもそうでしょう?(笑) 最初は苦労するかなとも思ったんだけど、割とすんなり行ったし。ヨウちゃんも曲作りに対してのスタイルをこれまでとは変えたと思うんだ。客観的に見ると、より具体的になったというか。以前は1曲に対してグワーッと2周も3周も考えてからやっと動く、みたいな感じだったからね。
小松:確かにスムーズには行ってたけど、俺はこのなかで一番疑り深いタイプというか心配性なんで、“何か起きるんじゃないかなぁ?”ってずっと思ってましたけど(笑)。ガーッと作ったぶん、短期間だからこその大変なところがきっとそれぞれあったと思うしね。俺の場合、レコーディングから帰宅して“ああ、似たようなテンポの曲だと演奏も似ちゃうかなぁ”なんてちょっと不安になったりとかして。