この連載を始めて以降、史上最悪の歴史に残る東日本大震災が発生した。地震はマグニチュード9.0だったが、問題は場所によっては10メートルから20メートルに及ぶ大津波が発生したことだ。大津波に飲み込まれる家屋や車、漁船の映像は誰しもがトラウマになりそうな強烈な印象を脳裏に焼き付けてくれた。自然の猛威の前には、人間なんて非力な存在でしかないこともとことん知らしめてくれた。津波による死者だけでも恐らく3万人に達するのではないか。かと言って、天変地異による天災は誰を恨むわけにもいかない悲劇である。
しかし、福島第一原発の6機に及ぶ原子炉の大事故は、天災ではなく、明らかに人災である。「原発は安全」という神話を振りまき、過疎の村に札束を湯水のごとく投入したにもかかわらず、津波によって原子炉冷却装置のための自家発電が使用不能となった。今のところ、チェルノブイリのような最悪の核爆発には至っていないが、崩落した建屋を空撮で見ると、世にも恐ろしいおぞましい光景だ。すでに、原子炉から漏えいしたり、水蒸気として意図的に放出された放射線が東京の水道水まで汚染していることが分かった。被災地のホウレンソウから生乳まで廃棄処分や出荷停止に追い込まれている。原発作業員たちも異常な放射線の数値を浴びて被ばく者を出している。20キロ圏から30キロ圏に拡大された避難地区内もかなりの人々が汚染されているはずだ。
「人体に影響はない。落ち着いて行動せよ」という官邸の大本営発表など誰が信用できるのか。今回の人災のA級戦犯は東京電力であり、行政側では歴代の政権と原子力安全・保安院である。さらに、原発安全神話をPRしてきた原子力系の学者や大手メディアも同罪だろう。石原都知事の天罰発言が問題になったが、このA級戦犯グループこそ天罰と言うべき面々である。ここ沖縄には危険な米軍基地があるせいか、原発は一基も建設されていない。不幸中の幸いとでも言おうか。
▲「原発事故の復旧作業は過酷な“被ばく労働”に支えてられている」と報じる3月25日付の『沖縄タイムス』。元原発設計技師の田中三彦氏は「ひどい作業だと思うが、下請け会社の社員の場合、今後の受注のことを考えて辞退はできないだろう」と指摘している。