京都と呼ぶにはあまりにも奈良に近い木津市。そんな木津にパンの店「パン・オ・セーグル」がある。国道24号線沿いにぽつんと建つこのパン・オ・セーグルは、有機無農薬の国産小麦と天然酵母、天日干しの塩や三温糖など自然素材にこだわりっている。
しかし括目すべきは食材やおいしさだけではない。なんとここは、店内に電車の車両がどーんと置いてあるのだ。いったいなぜここに電車が? 実はこれはオーナーシェフ、泉川賢二さんの夢がかなったもの。このパン・オ・セーグルがオープンしたのが5年前。サラリーマンをやめ、パン屋を開くとき、鉄道が好きだった泉川さんは「いつか自分の店に鉄道車両を置きたい」と熱望。そして入手のあてもないのに、なんと“車両の搬入口がある店”を設計した。そうしてやっと運よく古いEF66-49号機のカットモデル(切断し、内部構造が見えるようにしたもの)が入手できることが判明。やっと夢が実現する! ……はずだった。
ところが……計算上はうまくいくはずだった搬入口は、実際は狭く、搬入の際はカットモデルをさらに上下に分割し、それを人力だけでジャッキアップするという大げさではなく命がけの作業となった。搬入にはなんと不眠不休で26時間を要し、途中、それこそ列車事故と呼べる人命の危機や店舗の損壊の危険性のため2度も断念を考えたというから、どれほど熾烈な現場であったことか。パン同様、店主の想いもアツアツだ。
吉村智樹(よしむらともき)
街ネタ好きな放送作家。最新著書に『ジワジワ来る関西』(扶桑社)がある。街歩きメールマガジン『まちめぐ‼』を発行。