新年を迎えるにあたり、今回はおめでたい「富士山」を拝めるスポットをご案内しよう。ただしその富士山は、セミの死骸でできている。その数はおよそ3500匹。むろん3500匹ものセミの死骸が転がっている場所などそうやすやすとあるはずがない。生け捕りにして殺し、造形作品の素材にしているのだ。色のグラデーションはセミの本体と抜け殻でほどこされている。だから本来なら夏にお見せして、季節感を楽しんでもらうべきだったかも(いや、そういう問題ではないかもしれない)。
これは名古屋にある、ひとりのおじいさんがやっている小さな私設美術館の展示品だ。蜘蛛の巣が張り、生き物の死骸で埋め尽くされた、耽美的にしてデカダンの香りが漂う薄暗い美術館……などではまるでなく、とても明るくて瀟洒な洋館である。おじいさんはもともとゴルフがお好きで、そのためゴルフのボールやピンでアート作品を作り始めた(いきなりの飛距離だが)。現在も毎年お正月になると干支を描きこんだゴルフボール2000個を無料配布している。そしてゴルフのスイングの練習のため公園へ行くとセミがたくさんいたので、「よし、あれで富士山を作ろう」と思ったという(OBレベルの急旋回な気が)。アウトサイダーアートとは、アウトサイドにいる人たちのアートでは決してないと思い知らされる。ゴルフ好きな明朗快活なおじいさんの心の中にもアウトサイダーアートの種があり、萌芽するのだ。
吉村智樹(よしむらともき)
街ネタ好きな放送作家。最新著書は『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。NTTのニュースサイト『いまトピ』にて毎週京都の珍スポットを紹介。