真冬に申し訳ないが、昨年の夏、神奈川県の大和市を歩いていると異様に押し出しの強いコピーが並んだ散髪屋さんがあった。「一髪やらせろ」「神奈川県毛大和毛察本部」「頭髪違反取締中」など物騒な文言が並んでいる。怪訝に思いドアの隙間からそっと店内を覗き込んでいると、くわえたばこのご主人が「おう! なかに入って休んでいけよ」といきなり招き入れてくれた。せっかくのご厚意だが僕はスキンヘッドにしている。切ってもらう髪がないため恐縮していると「そんなのいいから。これでも飲んでよ」と冷たいヤクルトをくださった。ありがたい。ご主人は16歳から理容師をやっており、その技術は「日本で5番目」という凄腕職人(なんの5番目かは不明)。ところでなぜ店名が『とらさん』なのだろう。映画『男はつらいよ』がお好きだから? 「そうじゃねえ。俺は寅年生まれで、偶然妻も寅年で、せがれも寅年なんだ。だから寅3(とらさん)」。なるほど干支のトリプルスリーだったのですか。てっきり「虎刈り」にされるのかと。「まあ、気に入らねえ客は虎刈りにししまうけどな。はっはっは」。営業時間は「その日の気分しだい」。定休日は「毎週火曜日・第3月 その他・恋の病の時」という、まさに映画の寅さんのようにアウトローな営業スタイル。表のいかついコピーは「うちは代々警察官の家系で、だから俺も自分で“毛ぃ察官”を名乗ってるんだよ」とのこと。そんなふうにコメントがいずれも秀逸で「髪対応」なお店だった。
吉村智樹(よしむらともき)
街ネタ好きな放送作家。最新著書は『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。NTTのニュースサイト『いまトピ』にて毎週京都の珍スポットを紹介。