薄暗い階段をあがると、踊り場には待ち針がびっしりと刺さったハイヒールが置いてある。現代美術なのか、はたまたそういう「呪い」なのか。そして部屋へ入ると、そこはさらに薄暗い空間が。事前に「あそこへ行くのか? ならば懐中電灯を持っていった方がいい」とアドバイスを受けていたので、手探りしながら持参したそれのスイッチを入れて闇に向けて照射すると、おぼろげながら全貌が見えてきた。ガスマスクを着けたマネキン人形、本物なのかイミテーションなのか判然としがたい白骨化した手首。そして床には、首や四肢がもがれた人形が散乱している。人体解剖模型からは内臓がこぼれ落ちていた。独立系のピンク映画や指名手配のポスターが貼られ、ここが「人々が“普通”と呼ぶ世界とは異なる魔境」であることがわかる。この場所の名は「カオスの間」。京都の東山にある、まさに混沌(カオス)としか言いようがないダークファンタジーが渦巻いたスペースだ。さまざまな形状の電球の向こう側に、麿赤児を思わせる風貌の老人がいた。67歳になるという、ここの主だ。僕は訊いた。「ここ、なんなのですか?」。主は、こう応える。「さぁ、なんやろね」。要領は得なかったが、主はこう続けた。「わかってもらわなくてもいいんです。5年後にわかってもらえたら。5年後の京都が、こうなってたら、おもろいでしょ?」。ここに展開する惨劇は、5年後の京都の姿なのだという。僕はその日が来るのを、震えて待つことにしよう。
吉村智樹(よしむらともき)
街ネタ好きな放送作家。最新著書は『ジワジワ来る関西』(扶桑社)。NTTのニュースサイト『いまトピ』にて毎週京都の珍スポットを紹介。