僕は35年ものあいだ街のケッタイな看板の写真を撮り続けている。今回紹介する画像は、永年に渡り浪花おもしろ看板界のチャンピオンに君臨し続ける、天神橋筋商店街にある「天六うどん」。昭和43年に創業し、2009年に現在の場所へ移転した立ち食いうどんの店だ。昔からこの店はきつねうどんをネイティブな発音「けつねうどん」と表記し、さらに移転とともに「飽きがくるほどアアゲガデカイ!」、裏面に「下品なまでにダシが濃い」と、おおよそ食欲が湧くとは思えない、むしろ喪失させる効果すらあるキャッチコピーを堂々と追加した。大阪人はおいしいものを食べるとすぐ「死ぬほどうまい」というが、そういう「ネガティブな表現で賞賛する」という独特な思考回路が死ぬほど備わっている。看板と並んで写真に納まってくださったご主人の濱田芳光さんは毎朝4時から店に出て、「下品なまでに」「他店の倍」ほど大量のカツオと昆布で日に何度もダシをとっている。運よく「ハマちゃんのダシとりショータイム」にあたると店はくらくらするほど濃厚なダシの香りに包まれる。「下品なまでに~」などのコピーを考えたのはオーナーで、移転前には「案外よう出る 知ってる人は知っている」という、これまた食欲の誘発とはかけ離れたものだった。不思議な感性だ。そしてなにが不思議かって、この「天六うどん」は創業の昭和43年からずっと天神橋筋七丁目にあるのだ。天六ちゃうやん! 他府県の方はぜひ、千葉県にある東京ディズニーランドへ行くような気持ちで、観光で訪れていただきたい浪花の名(迷)店である。
吉村智樹(よしむらともき)
街ネタ好きな放送作家。宝島社から関西版VOW三部作を上梓。街歩きメールマガジン『まちめぐ‼』を発行