僕は35年ものあいだ街のヘンな看板を撮り続けている。よく飽きないものだと自分呆れる。きっと脳味噌が板状のうっすい構造なのだろう。でなければこんなに永いあいだ街の看板になんて感情移入するはずがない。しかし脳味噌がぺらぺらだったおかげで、街を歩いて撮影した看板画像のコレクションはこれまで5冊の本にまとめられた。そして本に収録した看板のほとんどが大阪で撮ったものだ。大阪には店主がお笑い芸人さながらに看板や貼り紙でいちびった表現をする独特な文化があった。だからこそ僕も本にまとめることができたのだ。ありがとう大阪。しかし……最近はいくら歩いても、大阪で面白い看板を見受けることができなくなった。個人商店の激減で、たとえ市内であってもシャッター通り化が進んでいるのが原因だろうが、果たして理由はそれだけだろうか? そして遂に関西VOWネタの総本山である西天満のシークレットシューズ専門店「靴のオットー」が閉店した。ここは20年以上に渡り、交差点へ向けて大きく「もうあかん、やめます」という垂れ幕を掲げ、通行人からの「いつやめんねん!」のツッコミの砲火を浴び続けた。ほかにも「格差社会を是正せよ。身長の格差は当店で」や朝青龍が騒動を起こすと「横綱が土俵際、当店も土俵際」など時事ネタを盛り込み、道往く人々の一服の“笑涼剤”となっていた。それがとうとう、ほんまにやめはったのだ。これは単に一軒の店が閉店したというだけではなく、大阪という街のありようが決定的に変化した、それを象徴する出来事のように思えてならない。
吉村智樹(よしむらともき)
街ネタ好きな放送作家。宝島社から関西版VOW三部作を上梓。街歩きメールマガジン『まちめぐ‼』を発行