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6回「鬼は内、福は外──まつろわぬ異形の鬼」

第76回「鬼は内、福は外──まつろわぬ異形の鬼」

2026.02.10

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Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

鬼は物語の中だけにいるのではない。社会常識の名のもとに、今も作られ続けている

 俺が子どもの頃、節分といえば豆まきだった。じいちゃんやばあちゃんと一緒に「鬼は外、福は内」と豆をまいて、歳の数だけ豆を食べる。毎年、節分の日はそれをやっていた。
 結婚して息子ができたときは、俺が鬼の面をかぶって鬼役になり、「ガオー」とか言いながら豆をぶつけられて遊んでいた。よくある家庭の行事だ。
 だが離婚してしまって、小学校の3〜4年生くらいからそれもできなくなった。俺が悪いのではあるが、息子がキャッキャ言いながら笑う姿は忘れられない。
 おっと、目から汗が出てきそうなので、もう家族の話はやめておこう。
 
 俺も息子も「鬼は外、福は内」と叫びながら、鬼に豆をぶつけて追い払っていた。子ども心には、桃太郎の鬼退治と、あまり区別がついていなかったのだろう。「鬼は悪いもの」と決まっていた。
 しかし、JAZZY UPPER CUTの歌詞で「ハッ」としたことがある。
 

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 JAZZY UPPER CUT『GET BACK A』より抜粋
 
 子供だましの正義の味方 桃から生まれたインチキヤロー
 桃太郎はFUCKな奴 アイツはFUCKな侵略者
 知能の低い猿・犬・雉 だましてFUCKな軍隊作り
 鬼ケ島を征伐して、金・銀・財宝持ってった
 かわいそうなのは鬼の子サ 親父は殺され家焼かれ
 オフクロ犯され泣いていた 角をもがれた鬼の子は
 ただただ生きるしかなかった そうお伽話は世の中さ
 ひょっとしたらオレなんざ ヤられちまった鬼から生まれた
 黄色い醜い鬼の子サ・・・
 TVも使ってでっち上げ 次の鬼退治 誰がターゲット
 
 昔話の『桃太郎』では、鬼が村に来て悪事をしたという前提が置かれている。だが、その前提はアメリカが理由をでっち上げて他国に侵攻する構図と、どこか似ていると感じる。俺には、鬼より桃太郎のほうが酷いことをやっているようにも見える。
 一説では、桃太郎伝説の原型は、古代の吉備国(現在の岡山県)に伝わる温羅(うら)退治に由来するとも言われている。温羅は、渡来系(朝鮮半島や大陸から渡ってきた系譜)の集団を率い、製鉄などの技術を携えて一帯に影響力を持っていた首長だったとする見方もあり、百済(朝鮮半島の古代国家)の王子だったという伝承もある。
 そうした外から来た者たちが「鬼」として語られ、退治される物語になったのだとしたら、鬼とは最初から化け物だったのか、それとも「そぐわないもの」を排除するために偶像化された悪の象徴だったのか。
 だとしたら、強制排除を物語に落とし込み、支配や排除を正当化する感覚を幼い頃から刷り込まれてきたとも言える。
 
 そもそも「鬼」とはどういう存在なのだろう。桃太郎や豆まきだけではなく、日本には多くの「鬼」伝承がある。酒呑童子や羅生門の鬼、桃太郎のほかにも、一寸法師も鬼退治で有名な昔話だ。
 基本的に、歴史はその時代の権力の都合で書かれる。ただ、上に挙げた昔話は歴史書ではない。だが、民間に伝わった伝承だとしても、当時の権力や支配と無縁だったとは考えにくい。
 要するに、権力や統治者にとって都合の悪い存在を「悪」に仕立て上げ、支配の正当性を証明するために作られた存在が「鬼」なのではないだろうか。
 
 そう考えると、節分の「鬼は外」は、微笑ましい風習とは感じにくくなってしまう。悪いものを外へ、良いものを内へ。言葉にして、豆をぶつけて、みんなで追い出す。勝手に押し付けられた「悪」の排除を儀式として慣習にし、正当化する作法が、毎年のように繰り返されているのかもしれない。
 ただ、面白いのは、どこでも「鬼は外」ではないことだ。鬼を追い出さない場所もある。つまり鬼は、元来の悪ではなく、社会や共同体が権力支配の都合で決める敵だということになる。
 善なのか悪なのか、受け入れるのか排除するのか。その判断を自分自身で考えられないようにさせられているのかもしれない。
 
 これは現代社会でも変わりがないと感じる。マイノリティを叩き、排除する優越感を与える権力に人々がこぞって同調する。
 一般社会人として常識的に暮らしたいのであれば、支配構造に異を唱えず、権力に従ったほうがいいと考えるのだろう。ただそれが、本当に充実した人生と言えるのだろうか。
 確かに会社や仕事、学校などの共同体で浮くのは辛い。俺もそういった共同体に合わせるのが不可能なため、今のような生活形態になっている。誰もがそうできるわけじゃないこともわかっている。
 だが、その共同体が結束するとき、たいてい必要になるのが「悪」とされる「鬼」だ。叩いてもいい存在、排除していい存在、殺してもいい存在、差別していい存在……etc.
 鬼役を誰かに押し付けた瞬間、植え付けられている「常識」を疑いもせずにマジョリティは安心する。そして、その「鬼」は「異端」とされ「異形」になる。
 ここでいう「異形」は、角が生えた化け物の話ではない。自分と同じ存在でありながら、その痛みを無視するための呼び名だ。そう決めた瞬間に、叩くことも排除することも正当化できる。鬼は物語の中だけにいるのではない。社会常識の名のもとに、今も作られ続けている。
 
 古代なら、朝廷から「土蜘蛛」と呼ばれた者たちや「蝦夷(えみし)」「熊襲」と呼ばれ「まつろわぬ民」とされた者たちがいた。時の権力に従わぬ者たちを「悪」だとし「敵」にし、征伐や支配を正当化する物語ができあがる。
 その後も江戸期に入ると、弾左衛門、河原者、乞食、傀儡子、穢多、非人……。支配の構造である士農工商の枠に収まらないため「異形」にされた者たちがいる。こうして「そぐわない」と決められた瞬間、別のものとして扱われる。分け隔てるための名を与え、偶像を作り、敵や穢れといった対象に仕立て上げる。鬼の作り方は昔から同じだったのかもしれない。
 
 動物を殺さない、死刑に反対する、排外主義に同調しない、国家に愛国心がない、国旗に愛着もなく、国歌斉唱もしない、投票しないなど、こうした多数意見に沿わずにマジョリティの常識から外れたところで生きる者がいる。
 一方で、本人の意思とは別に、社会的な立場を与えられないままにされる者もいる。在住国で国籍を持たないまま暮らす移民、ジェンダーの枠に収まらない者、障がいを持つ者……。そのほかにも現代社会で排除されている存在は無数にある。
 
 こういう話をすると、矢印が向くのは、俺みたいなやつだろう。
 そりゃそうだ。俺はPUNKSだ。世間の「まとも」から外れる生き方を選んでいる。だから、そう見えるのは重々承知だ。俺はまだ選べる側だ。だが、選ばせてもらえないまま「鬼」にされる存在がいる。 
 そこすら考えないのが世間で言う「まとも」なら、俺は異形の鬼で構わない。実物はそんなかっこいいもんじゃないけどな(笑)。
 豆で鬼退治できると思うなよ? 豆なんぞ痛くも痒くもないし、そんな豆は食って栄養になるだけだ。俺の体は豆と野菜ときのこ、海藻と酒でできているようなもんだしな。
 まともな生き方とやらからは外れている。生活も苦しい。金はない。しかし、人生は充実している。
 支配の枠の外側には、違う「まとも」な景色がある。
 あんたも鬼ヶ島に来るかい? 来るなら歓迎するぜ。

DEATH SIDE『NO LAUGHING MATTER』(笑ってる場合じゃねぇ)

The sight made our hair stand on end
(その光景に身の毛がよだった)
 
個性は悪 真実は嘘
笑わされ 泣かされる
誰の為に生きている
判らぬうちに終わりが迫ってくる
 
No laughing matter
(笑ってる場合じゃねぇ)
The sight made our hair stand on end
(その光景に身の毛がよだった)
 
差別を選別
洗脳だけの教育
時は金で買えない
壊れた機械は取り替えられていく
 
No laughing matter
The sight made our hair stand on end
 
嫌われろ 捨てられろ
指差されて 笑われろ
人間でいる為に
世間のゴミと社会のダニになれ
 
No laughing matter
The sight made our hair stand on end
 

◉DEATH SIDEは1980年代初期にISHIYA(Vocal)が結成した日本のハードコアパンク・バンド。CHELSEA(Guitar|2007年8月17日逝去)の参加後、YOU(Bass)、MUKA-CHIN(Drums)という編成に。1995年秋に解散。2010年のシークレットライブを経て、2015年より再びライブ活動を始めた。「NO LAUGHING MATTER」は1991年にSelfish Recordsより発表された2ndアルバム『BET ON THE POSSIBILITY』に収録。
 
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。
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著者:ISHIYA
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ISBN978-4-909852-64-9
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【あらすじ】
西暦二一〇〇年代、人々の行動すべてが管理された街「レスポンド・シティ」にて、七瀬優(ナナ)は政府情報機関の職員として日々を過ごしていた。ある日、連絡が途絶えた兄・七瀬航の行方を調べるため市民のデータベースにアクセスしたナナは、そこに兄の痕跡がまったくないことに気付く。一方、政府にとって都合の悪い市民のリスト「適応指数異常記録」には、驚くほど兄のものと一致した別の人間のデータがあった。政府の秘密に触れてしまったナナは追われる身となるが、夜の街でフードを被った男・亮と出会い……。レジスタンス組織「ノクタ・ルーモ」の一員となったナナは、果たして兄を見つけ出すことができるのか?

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