Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)
戦争を起こす原因は何だ。地球環境が破壊される原因は何だ。人間の欲望ではないのか
今、新しい本の製作中で、さまざまな人にインタビューをしている。その内容は刊行されてからのお楽しみにしておいてほしいのだが、その中である人が「認知的不協和」という言葉を口にしていた。
自分でも何かが間違っているとわかっていながら、それでもなお続けてしまい、何とか正当化しようとしてしまう状態を「認知的不協和」と言うらしいのだが、俺は全く知らなかった。話を聞きながら「なるほどなぁ」と納得する感覚があった。人間であれば誰もがこの状態に陥ることがあると思う。
例えば、アホみたいに酒を飲んだら宿酔になり、翌日夕方まで起きられず一日を台無しにしてしまうとわかっているのに、飲み出すと止まらない。酔っ払って楽しくなってくると、次の日に起きる現実はもう見えなくなっている。おまけに終電も逃してタクシーで散財し、経済的にもピンチに陥り、肝臓の数値も上がり、過去には膵炎でこの世で経験した一番の痛みによって入院治療までする羽目になった。
それでも「今日はライブだし」「みんなと集まっているのに飲まないわけにはいかない」などと自分に言い訳をして飲んでしまう。俺にとっては、これこそ日常的な認知的不協和と言えるだろう。
そして宿酔の頭で毎回思う。「もう酒は飲まない」。大嘘だ。これは認知的不協和とは違うのかもしれないが……。
その上、「宿酔は俺の親友だ。いつもそばにいてくれる」などという冗談まで口から出る始末で、我ながら手に負えない。まぁ海外の友人にはウケるのだが、それもまた酒飲みの悪いところであり、酒を飲むための言い訳として自分の中で成り立っていく。
こうした状態こそ認知的不協和だと俺は受け取ったのだが、それがいちばんわかりやすく表れているのがSNSだと感じている。
確信犯的に、わざと腹の立つことを言い、わざと誰かを傷つけ、わざと差別的なことを口にする奴がいる。炎上系インフルエンサーとでも言うのだろうか。
そいつらのSNS投稿は、なぜか知らないがタイムラインに上がってくる。それを見た人たちが、当然憤り「こんな奴、許せない」となり、引用リツイートやコメントで批判を始める。炎上すればするほど、多くの目に触れるようにできているのだろう。
本当は「こんな奴、相手にしないほうがいい」と頭ではわかっているはずだ。だが、どうしても腹が立って、反応してしまう。怒りながらも投稿を読み、書き込むことが、そのまま拡散につながる。
そのあいだにも、画面の向こうでは炎上芸で飯を食う奴がほくそ笑んでいる。再生数やインプレッションが伸び、広告収入が増え、フォロワーが増え、講演の依頼が来たり、なぜだかわからないが、選挙で当選して議員にまでなってしまうような輩もいる。怒れば怒るほど、批判すればするほど、そいつの思う壺だ。
「それでは差別や暴力を容認することになる」と考えて、俺たちは反応してしまう。ここにも認知的不協和がある。
「こいつを放置したら被害者が増える」と思うから反応する。だが同時に、その反応が相手の商売を支えている。正しいことをしているつもりなのに、結果としては相手の懐を温める片棒を担いでいる。怒りと正義感と、仕組みに利用されている自分。その全部を同時に抱えた状態が、まさに認知的不協和だろう。
そして認知的不協和は、自分ひとりだけの失敗で済むならまだしも、確実に他者も傷つけてしまう。
認知的不協和は、冒頭で書いた「わかっているのに続けてしまう」状態だ。しかも自分で矛盾を自覚していればいるほど、指摘されると反射的に怒ってしまう。痛いところを突かれたというヤツだ。
昔、言い方が悪かったら申し訳ないと前置きして、こんな意味の投稿をしたことがある。
「パレスチナの虐殺に反対しながら肉を食っている行為は、イスラエルがパレスチナにしている現実と何も変わらない。そこは認識したほうがいい。そのままでは、虐殺は終わらない」
すると、パレスチナ虐殺に反対している見知らぬ人間から、激しく非難される返信があった。返信内容は忘れたし、最終的には「電気を使うな」などとわけのわからないことを言われた気がするが、認知的不協和をモロに刺激してしまったのだろう。逆に、その構造を理解している人からは賛同も多かった。
他人に言われて怒りをあらわにしても、その後で気づくこともある。その場では感情的になっていても、時間を置くと冷静に判断できるようになることがある。そこで、自分の中の矛盾を認めて受け入れられれば、その瞬間に認知的不協和は少しずつほどけていく。
ただ、それが難しい。それが人間という生き物なのだろう。しかしできないことはない。自己矛盾を認識しないのは何が原因か、はっきりと理解しているはずだ。
それは欲望だ。
自分の欲望を満たすために、認知的不協和が発生していないか。権力者が「正義」を掲げて暴力を正当化するときの理屈と、認知的不協和を正当化するときの理屈は、本質的にどれだけ違うと言えるのか。
戦争を起こす原因は何だ。人間の欲望ではないのか。
地球環境が破壊される原因は何だ。人間の欲望ではないのか。
認知的不協和という言葉は、どこか小難しく聞こえるかもしれない。しかし、やっていることは案外シンプルだ。
本当はマズいとわかっているのに、やめられない。そこで「これは大したことではない」「みんなもやっている」と、自分の中に無理やり正義を見つけだし、心の中の辻褄を合わせようとする。
しかしそこには、必ずと言っていいほど犠牲が存在する。それも、驚くほど自分と同じ存在だ。
自分と同じような存在を無視して欲望を満たす構造は、戦争とどれだけ違うのだろうか。俺には違いが見出せない。
俺は、嫌だと拒んでいる存在を踏みつけながら「正義」を掲げて暴力を正当化する側にも、差別や憎悪を煽り注目を集めて得をする側にも、決してなりたくない。そんな生き方なんて真っ平ごめんだ。
それが人間だと諦めるのか。
欲望には抗えないと諦めるのか。
そこに未来はあるのか。
そこに変革はあるのか。
今のままで何も変わらなくていいのか。それとも、変化を起こしてより良い未来にしたいと思うのか。じゃあ、それをできるのは誰だろう。まさか政治家がやってくれるなんて思ってないだろうな?
自分すら変えられずに、何かを変えることなどできない。
日本には保守的な人間が多い。いろんな人にインタビューをしていても、保守が多いのは日本だけではない。それはもう「保守」というより「右傾化」で、世界中でその傾向が強まっていると感じる。
右傾化は対立を煽るだけだ。左傾化だって大差がない。どちらか一方に傾けばバランスが崩れる。かといって、今の世の中で「真ん中」にいようとすると、ただの無関心に見なされかねない。対立を煽って票と金に変える。その構図が強まっていると感じる。
まぁ俺の友人たちや尊敬する人々は、皆PUNKSだから、一般的な感覚とは違うと思うが、そうした人々は「危機」に気づいている。
選挙カーの代わりに機材車のバンを使い、世界各地で爆音を撒き散らし、投票の代わりに音で認め合い、語り合い、仲間を増やしていく連中だ。俺たちは皆、何かを変えなくてはならないと感じ、その方法を日々模索している。
とはいえ、堅苦しく話していれば、受け入れられるのは難しいだろう。大切なのは共感とユーモアだ。楽しく笑えるような内容ならば、人は話を聞きやすい。
俺が日々考えているテーマは、堅苦しく怒りしか湧いてこないようなものばかりだが、歌詞にするにしても、こうしてコラムで書くにしても、書籍にして伝えるにしても、ユーモアは大切だ。人の認識に大きく影響する。それが俺には足りない。
おお、自分の認知的不協和がわかっているじゃないか。
人は誰もが矛盾を抱えて生きている。しかし、それをひとりひとりが自ら理解することで、より良い世界になっていくだろう。
なぜかって? 自分の矛盾に気づくことは、それまでとは違う視点を持つってことだ。違うってことは、新しいってことなんだ。新しさを恐れるな。何かを変えるなら、新しいことを始めなきゃならないだろう?
難しいことなんか言ってない。誰もができないことをやれなんて言ってない。誰でもできるのに、誰もが本気でやっていないこと。
そんなことを見つけていけば、自ずと世の中は変わっていくんじゃないだろうか。
違えばいいだけじゃないけどな。
そこは自分自身を掘り下げて掘り下げて、突き抜けていけば見える景色が広がっていると俺は思う。自分ひとりで生きているんじゃないってね。
俺たちにはできることがある。誰でもできるのに、誰もが本気でやっていないことだ。
分断して対立すれば、俺たちを苦しめている奴らの思う壺だ。
殺し合わず、憎しみ合わず、愛し合え、助け合え。
奴らはそれを一番恐れている。
FORWARD『WHAT'S THE MEANING OF LOVE?』(愛とは何だ?)
傷つけたこと知らず 頭の上に唾を吐く
深く刻み込め 欲しがるだけの心が与えた傷
WHAT'S THE MEANING OF LOVE?(愛とは何だ?)
気づくまで振りかざし 打ちのめされてわかる
深く刻み込んだ 痛み 思い 言葉にならないもの
WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
傷つけるまで欲しがって WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
気づくまで振りかざし WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
心深く刻まれた痛み WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
ひとつでも酌めるようになりたい WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
WHAT'S THE MEANING OF LOVE?
◉FORWARDはISHIYAがDEATH SIDE解散後の1996年に始めた日本のハードコアパンク・バンド。「WHAT'S THE MEANING OF LOVE?」は2000年にHG FACTよりリリースされたファースト・アルバム『JUST GO FORWARD TO DEATH』に収録。
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。


































































