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3回「笑ってる場合じゃねぇ」

第73回「笑ってる場合じゃねぇ」

2025.11.17

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Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

どこかの誰かが勝手に決めて管理した構造の中だけで生きていくしかないのか。このままではいつまで経っても俺たちはむしり取られるばかりだ

 日本の映画好きなら誰もが知るであろう名作『仁義なき戦い』の広島死闘編で、千葉真一が演じる大友勝利が「わしらうまいもん食うてよ、マブいスケ(女)抱くために生まれてきとるんじゃないの。それも銭がなけりゃできやせんので」という名台詞がある。
 戦後のドサクサから成り上がっていく広島ヤクザたちの、高度成長期の背景も含まれている超名作映画シリーズだが、個人的に「好きな映画は何か?」と聞かれたら、迷わず『仁義なき戦い』と答えるだろう。今もよく観るのだが、何度も観ているうちに、いろいろな気づきがある。
 
 冒頭に書いた大友勝利のセリフは、当時のヤクザのみならず、日本人がこうした考えを基本に必死に頑張り、戦後混乱期を乗り越え、日本の経済成長を支えてきた根幹のような思いではないかと感じている。そうしなければ乗り越えられない厳しい時代だったのだと思うし、この精神はいまだに日本人の心の奥に残り続けているとも思う。
 戦後の「食う、稼ぐ」は、現代とは比べ物にならないぐらい、生命の最低限を守る意味を持つ言葉だったのだろう。その倫理は高度成長期を通じて「買う、働く」へと姿を変え、やがて消費自体が正しさの証明となっていった。
 あの時代を生き延びる過程の結果、欲しいものを買うために稼ぐことが正しい、買って手に入れることが幸福といった常識が築かれたのではないだろうか。そのうえで男性社会の家父長制が根幹にあり、「いい女」を男が求める構図が、レールとして明確に敷かれていたように思う。
 そして、この構造は今もこの社会の奥に確実に残っていると感じている。
 
 消費がステータスになり、生活の満足度は消費で測られる。消費できない者は弱者とみなされ、蔑まれ、疎まれる。人生の成功まで、どれだけ消費したかで決められる世界線になっている。
 だが、稼いで消費できなければ幸せではない社会では、搾取はシステムとなり、労働も環境も、そして生命の尊厳も踏みにじられていく。社会は「誰かの犠牲を見ない訓練」を日々更新している。
 
 戦後社会は、飢えと屈辱からの脱出だった。では今の社会では、いったい何を守り、何を失っているのだろうか。消費も所有も増えたが、目的は薄れ、感覚はどこかの誰かのものをなぞるばかりだ。かつてはストレスや疑問、不安などは自分自身に立ち返ることで解決して成長していたはずが、今ではSNSで発散し、単純な誤りすら直視しない。
 
 満足度が消費行動に限定されていることが、今の社会が抱える問題の根底にあるのではないだろうか。日常で何気なく刷り込まれる広告やポイント、アルゴリズムが個人の消費を先回りで設計し、買うことが正しいと刷り込む。稼ぐことも暮らすことも、消費を前提に設計されている。
 
 とはいえ、俺だって音源や本を出し、買ってもらうために告知もするし、光熱や移動、趣味などに金は払う。消費そのものを悪と断じるつもりはない。
 俺が疑問に思うのは、その消費が何を生み、同時に何を踏みにじっているのかという現実を、認識しようとしないことだ。
 この資本主義社会の常識では、俺のような消費を抑えるしかない生活は貧乏人思考と揶揄され、富と名声を目的化する者には嫌悪の対象にもなる。しかし、食べて眠る場所があり、友人に恵まれ、愛する子どもがいて、好きなことを続けていられるのは、幸せ以外の何ものでもない。俺は、大友勝利の台詞が象徴する日本の消費社会の価値観とは、ちょっと違うところを見ているのかもしれない。
 
 ハードルが高いから越える甲斐があるといった意識のようなものが、社会全体の努力の基本になっているのだろう。目の前にぶら下げられた欲望のハードルはどんどん上げられ、稼いだ金は持っていかれる。出ていくばかりで入ってこない生活では、そんな社会には適応できないし、したいとも思わない。
 
 選挙に何を求めるかといえば、いちばん多いのは経済だ。生活が苦しい今の社会で、経済回復を求めるのは当然だと思う。しかし資本主義による消費欲求は社会の骨の髄まで染み込んでいる。
 金のある奴らは貧乏人のことなど気にしない。殺してもいいと思う奴らは、命の価値のハードルさえ自分の価値で決めつける。その結果にある、いま世界中で起きている現実を見てほしい。戦争、貧困、差別、搾取、虐殺……。
 その構造を誰が支えているのか、何が支えているのかを認識するところから始めないか。その上で本当に「このままでいい」と言えるのか。
 方法はいくらでもある。どこかの誰かが勝手に決めて管理した構造の中だけで生きていくしかないのか。このままでは、いつまで経っても俺たちはむしり取られるばかりだ。
 
 物心のついた頃から刷り込まれた、消費の満足を切り替えるのは簡単じゃない。諦めるのも否定するのも簡単だ。流されながら満足を見出せばいい。あれを買い、これを買い、いつの間にか飽きて、また新しいものを買うために働いて金を稼ぐ。消費社会での地位を手に入れれば、誰にも後ろ指を差されず、俺たちを笑いながら支配する奴らも満足だ。そうやって、変わらない社会が作られ、この先も続いていく。
 社会の常識から外れなければ、波風は立たない。立ったとしても、せいぜい職場や学校、SNSの中くらいのものだろう。社会が求める「正解」の生き方だ。
 
 しかし本気で世の中が変わってほしいと思うなら、やれることは必ずある。
 完璧じゃなくていい。しかしそこに希望はある。その先に向かって、生きていくだけだ。
 ひとりで世界は変えられない。しかしひとりひとりが世界を変える力を持つ。
 俺は諦めない。絶対に。

ANTI-SYSTEM『NO LAUGHING MATTER』(笑ってる場合じゃねぇ)

いま世界が抱える問題に、安易な解決策なんてない
答えは持っていても、俺たちには発言権がない
食糧不足の簡単な終わらせ方──AをBに回すだけ
でも「非現実的」だってさ、死にかけの人を救うために、タダで食べ物は配れないって
 
政府にどこへ行けと言うべきだ
「うまくいかない」と言うなよ、試してもいないのに……どうしてわかる?
アナーキーは、パンク・ロックに結びつけられた無分別な暴力なんかじゃない
本当のパンクのカオスと’77年の精神は、もうそんなに大きな衝撃じゃない
 
ボーイ・ジョージやワムの単調な響きに、若い心はすでに麻痺して
迫りくる悪夢にも気づかず、全部が見せかけだ
仕事のために戦え、「英国は危機」だとデイリー・エクスプレスは書く
食わせてもらってる金持ちの代弁者
 
なぜ金持ちと貧乏人の間に分断がある?
分け合える富は十分に──いや、それ以上にある
金持ちは必要以上のものを持っている
だが特権的な育ちのせいで、欲しか教わってこなかった
 
みじめな猫を使った、吐き気のする実験
あいつらがアルコールを摂れないからって、なぜそのために猫が死ななきゃいけない?
いま世界が抱える問題に、簡単な答えなんてない
でも、無視したって消えてはくれない
 
俺たちはどんどんメチャクチャにされている
守ってくれるのは自分たちだけ、向こうには“法”がある
その“法”は俺たちのためのものじゃない、忘れるな
守っているのはやつらだけ──それは事実だ
 
もし本当に耳を傾け、気にかけるなら、わかるはずだ
もう笑ってばかりはいられない、俺たちにできることを見つける時だってことを
 
ChatGPTで翻訳しました。
 
ANTI-SYSTEM『NO LAUGHING MATTER』
There's no easy solution to the problems in the world today
We've got an answers but then we've got no say
A simple end to the food shortage, give A to B
But it's "unpractical" to save the dying, they can't give food away for free
 
We should be telling the government where to go
Don't say it won't work, you haven't tried... So how do you know?
Anarchy isn't the mindless violence associated with Punk Rock
Real Punk chaos & the spirit of 77 is no longer such a big shock
 
Young minds already numbed by the droning of Boy George or Wham
Oblivious to the oncoming nightmare, it's all a sham
Fight for jobs, "Crisis in Britain" the daily Express reads
Speaking for the rich from who it feeds
 
Why should there be a division between rich & poor
There's enough wealth to share around and even more
The rich have far more than they will ever need
But through their privileged upbringing they've only been tough greed
 
Sickly fucking experiments on some poor cat
So they can't take alcohol, why should they die for that?
There's no easy answers to the problems in the world today
But ignoring them won't send them away
 
We're being messed up more and more
We have nobody but ourselves for our protection, they have the law
The law isn't for us, so remember that
It only protects them, and that's a fact
 
If you really do listen and care you'll know it's time for me & you
To stop laughing about it all and find something to do
 
 
◉ANTI-SYSTEMはイギリス・ブラッドフォード出身のポリティカルなハードコアバンド。「No Laughing Matter」は1985年にリリースされた同名のファースト・アルバムに収録。これ以降のメタルクラスト勢に与えた影響計り知れない。
 
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。
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小説『BRUO/ノイズ』

著者:ISHIYA
価格:2,900円+税
頁数:354頁
発売日:2025年11月5日
ISBN978-4-909852-64-9
発行:株式会社blueprint

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【あらすじ】
西暦二一〇〇年代、人々の行動すべてが管理された街「レスポンド・シティ」にて、七瀬優(ナナ)は政府情報機関の職員として日々を過ごしていた。ある日、連絡が途絶えた兄・七瀬航の行方を調べるため市民のデータベースにアクセスしたナナは、そこに兄の痕跡がまったくないことに気付く。一方、政府にとって都合の悪い市民のリスト「適応指数異常記録」には、驚くほど兄のものと一致した別の人間のデータがあった。政府の秘密に触れてしまったナナは追われる身となるが、夜の街でフードを被った男・亮と出会い……。レジスタンス組織「ノクタ・ルーモ」の一員となったナナは、果たして兄を見つけ出すことができるのか?

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