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1回「やりたい。欲しい。嫌だ。やめてくれ。」

第71回「やりたい。欲しい。嫌だ。やめてくれ。」

2025.09.10

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Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

「嫌だ、やめてくれ」という声を無視し「やりたい、欲しい」を優先し、肉体的苦痛を与えている事実を理解しないのは、戦争を起こす人間の感覚と一体どこが違うのだろうか?

 俺は40年ほどバンドをやってきた。毎年のようにアホみたいな本数でツアーを回っていたので、車に乗るたび、座席の位置や車内で流す音楽で、くだらない小競り合いが起きることもあった。
 座席はジャンケンやくじ引きでまだ公平にできたが、音楽は難しい。好みが真逆だと、移動時間がただの拷問になることがある。
 若い頃の俺は、ゴリゴリのハードコアパンク原理主義者だったので、他の音がかかると、途端に不機嫌になった。
 スマホもなく、CDすらまだなかった時代。カセットテープに録った音源を持ち寄り、車内のスピーカーから流す。それは全員が強制的に聴くことになる。貧乏パンクスにポータブルカセットプレーヤーは贅沢品だったので、自分の好きな音楽を車内で個人的に楽しむことはできなかったし、やっぱり音楽は空間に響かせて聴きたかった。
 
 聴きたくもない音楽を無理やり聴かされる苦痛はあったが、同時に、良い部分を探す癖も身についた。今思えば、バンドメンバーと音楽を共有し、ああでもないこうでもないと話し合うのは、バンドの成長につながっていたとは思うが、きついものはきつい。
 中には、他のメンバーが聴いている最中に勝手に停止ボタンを押すやつもいた。そんな他者の思いに対して配慮ゼロの相手とは、同じバンドを続けることはできなくなった。
 それでも、せいぜい人間関係の不和で済む話だ。身体に症状が出るほどの重大事ではない。いや、人間関係の不和も十分問題ではあるが、それは話し合えば解決する。話が通じる相手であればの話だが……。
 
 先日、電車のいちばん端に座っていたときのことだ。停車駅から乗ってきた乗客のひとりが、俺の横の仕切りにもたれた。そこまでは日常のよくある光景だ。
 問題は、次の瞬間だった。香水のようでまたひと味違う、人工的な香りが、強烈に鼻を突いた。
 「おえっ、気持ち悪っ、くっせぇな……」
 心の中でそう悪態をつくのと同時に、咳が出始めた。パンデミック期ならマスクで多少は防げたかもしれないが、咳は続き、たまらず立ち上がって、匂いの届かない場所まで移動した。その隙に座った人間は、俺を「何で立ったの?」という不思議な目で見ていた。
 次が降りる駅だったことと、混み具合がほどほどだったことで回避できたが、満員電車だったらと思うとゾッとする。
 
 子どものころの授業参観で、ふだんの教室にはない、強い匂いが立ち込めた記憶がある。鼻をつまんでやり過ごしたが、今思えば、あれは母親たちの化粧や香水の匂いだ。俺には母親がいないので、化粧や香水の匂いへの耐性もなかったかもしれないが、当時は強い香りが多く、子どもには不快でしかなかった。
 何年か前、化学物質過敏症の友人から「香害」という言葉を聞き、症状や原因を聞いたとき、すべてがつながった。
 古着を買ったときにも、古着特有の匂いとは違う、異常な匂いに出会うこともある。電車の中や、歩いていても漂ってくるあの正体不明の強烈な匂いは、柔軟剤だったのだ。
 
 化学物質過敏症は、香料製品(香水、柔軟剤・洗剤、芳香剤、整髪料など)に含まれる成分に触れることで、頭痛・めまい・吐き気・倦怠感、集中力低下や不眠、気分の不調、目・鼻・のどの刺激、咳、息苦しさ、皮膚のかゆみなど、多彩な症状が出ることがある。
 特に最近は、柔軟剤の「香りマイクロカプセル」由来の香りが空気中に放出され、広範囲に一気に広がり、しかも長く残る。医学的にはアレルギーとは別物と整理されることが多いが、体感としてはアレルギーに近いものだと俺は感じている。
 頭痛やめまい、吐き気、倦怠感、集中力低下や不眠、気分の不調── こうした症状が出る人がいるという現実を前に「好きだから」の一言で使い続けることを、一度考えてみてほしい。
 
 とはいえ、髪質で髪型がまとまらない人や、俺のようなパンクスは、髪の毛を立てるために整髪料に頼る。それにより苦しむ人間がいると思うと、非常に辛い思いになるのは事実だが、個人的には無香料のものを選ぶようにしていて、洗濯でも柔軟剤は使わない。周囲への匂いの拡散は極力避けるように努力している。
 ここに理解がないまま、何でも構わず好みで選べば、街を歩くだけで体調不良を引き起こす原因になっているかもしれない。
 香水などはいい例だろう。いい匂いだと感じない人が、かなりの数存在しているという事実を理解している人が、あまりにも少なすぎる。海外で入浴の習慣がなかった時代に考案された香水は、匂いのきついものが多い。この不快感は、多くの人にも理解できるはずだ。
 
 例えば、喫煙者でも、電車、飛行機、バス、デパート、映画館、スポーツスタジアムなどの公共の場で、煙草を吸う人間はほとんどいない。
 喫煙を許可された場所で吸う以外には、その施設から離れた喫煙可能の場所で煙草を吸うしかない。
 なぜならば、煙草の副流煙による健康被害や、匂いの不快感を覚える人間がいるためだ。
 煙草を吸うなと言っているのではなく、この行動は他者の苦痛を理解した上での対応ではないだろうか。
 
 煙草と同じように、柔軟剤や香水などにも、他者の健康を害したり、匂いに不快を覚える人間がいるという事実がある。まずはその理解・認識だけでもしてほしい。
 香水や柔軟剤は使うが煙草が嫌い、という人もいるだろう。そういう人には理解しやすいのではないだろうか。
 理解しているのと、していないのとでは、大きな差がある。俺は他者の苦痛を理解した上で考え、やりたいことはやればいいと思っている。
 
 これは日常生活全般に通じると俺は感じている。「嫌だ」という訴えに対して「好きだから」「やりたいから」という理由だけで無視していては、現状が良くなることは永遠に訪れず、悪くなる一方なのではないだろうか。
 領土・資源・利権をむさぼり、何の罪もない人々を虐殺し、権力者や国家の都合を満たすために起きる戦争。
 戦争に巻き込まれる民間人や兵士、兵士の家族たちは、死ぬことを望んでいるのか。「死にたくない」「嫌だ」と声をあげていても「やりたい」が優先され、戦争が強行されていないか?
 「美味しいから」「かっこいいから」という人間の欲望で「嫌だ」「殺さないで」と訴えている動物を無視して行なわれる屠殺もそうだ。
 戦争の被害に遭う人々や動物たちに、痛みや苦しみがないのか?
 苦痛を無視して欲望を優先する構造は同じだと俺は思う。
 
 そんなことを考えたら生きづらいと感じる人もいるだろう。極端な話だと感じる人もいるだろう。
 しかし、「嫌だ、やめてくれ」という声を無視し「やりたい、欲しい」を優先し、肉体的苦痛を与えている事実を理解しないのは、戦争を起こす人間の感覚と一体どこが違うのだろうか。
 
 他者の苦痛への理解。この有無で、日常は変化する。
 日常が変化すれば、世界の見え方が変わる。
 世間で当たり前とされている「常識」とやらを、違う見方で捉えられるようになる。
 自分の首を絞めつけているのは、国家なのか? 政治家なのか?
 自分は国家や政治家がやっていることと同じ構造を生きていないと言えるのか?
 そう考えると、他者の痛みや苦しみは、自分の痛みや苦しみと地続きだと理解できる。
 
 苦痛を与え続けていれば、自分に降りかかる苦痛はなくならない。もし自分の「嫌だ」を守ってほしいなら、他者の「嫌だ」に極力配慮する。それぐらい単純でわかりやすい話だと思うのだが、違うのか?
 「何もかもやらなければダメだ」と言っているのではない。事実を理解し、苦しみを理解する人間が多ければ多いほど、この世界の苦痛は減っていくんじゃないか?
 日常の目の前の選択が、現実の出来事につながっている。
 奴らと同じ心で、何が良くなる?
 奴らと同じ心で、何が変わる?
 奴らとは違うと思っているのは、自分だけじゃないのか?

DOOM『SAME MIND』(同じ心)

いつもの無頓着な態度
イメージの陰に隠れる
 
同じ心、同じ心
 
自分は本当に違うと思っている
でもお前はただ同じなだけだ
 
同じ心、同じ心
 
ChatGPTで翻訳しました。─
 
DOOM『SAME MIND』
Usual careless attitude
Hide behind an image
 
Same mind, same mind
 
You think you're really different
But you're just the same
 
Same mind, same mind
 

◉DOOMはバーミンガム出身、1987年に結成されたUKクラストコアの代名詞的バンド。「SAME MIND」は1988年にリリースされた記念すべき1stアルバム『WAR CRIMES : INHUMAN BEINGS』に収録。
 
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。
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