昭和歌謡のエッセンスによってヘンな色気が出る
──レイコさんは宙也さん独自の“KOSMOLOGY”をどう捉えていたんですか。
レイコ:私は孤独の定義がよくわからないし、歌詞の全体的な世界観にあまり気を留めませんでした。孤独について深く考えたこともないので。ただ私は作詞の提供を仕事にしていたこともあったので、このリズムにこんな言葉を載せてくるんだ?! という驚きがいつもながらにいっぱいあるんです。秀樹君が仮歌で唄っていた歌詞に引っ張られず、真逆の世界観と言うべきワードを持ってくる宙也さんのセンスは凄いなと今回も感じました。私は秀樹君の仮歌で何度も練習するので、“Baby, baby......”の連呼が頭にこびりついて離れないんです(笑)。
秀樹:その“Baby, baby......”を宙也さんが払拭しているのは自分でもわかってます(笑)。
レイコ:(宙也に)歌詞を書くときはメロディだけ頭に入れるんですか?
宙也:うん。でも仮の歌詞に引きずられることはないかな。
秀樹:ピアノでメロディを弾いた音源も宙也さんに送ってるから。こう見えて努力してるんですよ(笑)。
宙也:仮歌が入っているとノリが全然違う。そのノリで言葉を載せるにはどうするか? を考えるから、秀樹の仮歌が良いガイドになる。そしてレイコが叩きながら唄ってもらえるような歌詞を考える。やっぱり唄える歌詞がいいからね。
──つまりファロキの仮歌は、「KOSMOTOKIO」でいえば“アリストテレス”や“アインシュタイン”といった言葉が出てくるとは到底思えないところからスタートするわけですね(笑)。
ERY:全くの別物です。最初は“Come on, baby!”とかなので。“Baby”がまたキタ! みたいな(笑)。
──“Come on, baby!”は「Neo-Nero」のほうが似合いそうですけどね。
レイコ:「Neo-Nero」は“俺は王様”が“キミ恋しい”、“壊せ壊せ壊せ壊せ”が“好きさ好きさ好きさ好きさ”でした(笑)。
ERY:仮タイトルが「好きさ好きさ」でしたからね(笑)。
秀樹:結果的にローマ皇帝のネロをモデルにした暴君がテーマの歌になったけど、僕としてはもっと淫らな感じにしてほしかったんですよ。仮歌も“キミ抱きたい”とかだったので(笑)。
レイコ:「Neo-Nero」は、“絶景だ”というサビの最後の一行が間合いも含めて凄いなと思って。歌だけになるあの一言が大事な聴かせ所というか。
──“絶景だ”、“赤裸々さ”、“黒くぬれ”と傾(かぶ)く、見得を切るところに宙也さんの唄い手としての真骨頂が表れていますよね。
宙也:思い出した。あの“絶景だ”は最初、“Oh, honey”だったんだよ(笑)。
レイコ:私たちは“Oh, honey”で練習してるから余計に“絶景だ”はびっくりするし、タイトルも「好きさ好きさ」だと思ってるから「Neo-Nero」と言われてもピンと来ないんです。「ゲシュタルト崩壊」も私はいまだに「Fu, fu, fu」と覚えているので(笑)。
──「Neo-Nero」の主題を暴君にしたのは、強権的な意思決定や対外政策を発動する現在のアメリカ大統領が暴君のように振る舞い、世界を支配しているからですか。
宙也:まあ、権力を濫用する非道な暴君はいつの時代も蔓延るものだし、生まれ直してアップデートせよと改心と反省を促すっていうか。そういう裸の王様へ向けた歌。
秀樹:ローマをテーマにしたといえば、水曜日のカンパネラにも「スキピオ」という曲があるじゃないですか。スキピオ・アフリカヌスという古代ローマの英雄を主人公にした曲で、今ちょっとローマがトレンドなのかな? と思って(笑)。
──流行りに乗っかっておこうと(笑)。それにしても、“四分五裂スキゾイド”という言葉をポップミュージックの歌詞にしてしまうのは宙也さんにしかできない荒技ですよね。
宙也:80年代のポストモダン、ポスト構造主義みたいなものにどっぷり浸かった世代だからね。“スキゾイド”=“分裂”、“パラノイド”=“偏執”という意味で、当時はポストモダンブームの中で“スキゾ・キッズ”=“既存のシステムに縛られない若者”という言葉が流行った。パラノ化が行き詰まった現代社会から自由に逃げ出すスキゾ・キッズ。浅田彰さんの『逃走論』がベストセラーになった時代。
──性急なリズム&ビートで疾走する「Neo-Nero」ももちろんいいのですが、哀愁漂うブルージーな「茜色デカダンス」やしっとりと憂いを帯びた「SORA」といったミドルテンポの楽曲に今のファロキの持ち味がギュッと凝縮しているように感じますね。
秀樹:確かに。「茜色デカダンス」の退廃的なニュアンスは“これぞ宙也節”だし、宙也さんの世界観を意識して書いたんですよ。
──それと、グループサウンズっぽいギターの音色も含めて、昭和歌謡のエッセンスが絶妙な味つけになっていますね。
宙也:秀樹と俺が曲を書くとどうしても昭和っぽさが出てしまうけど、その昭和感をダイレクトに出したくない意識はお互い言わずともあると思う。
秀樹:もはやこの令和の時代に歌謡曲なんて存在しないし、自分たちのエッセンスとしてその部分をあえて掘り下げたい気持ちもあるんですけどね。またファロキの場合、そういう狙いが良い方向に出るんです。歌謡曲特有のウェットで情緒的な質感によって宙也さんの歌にヘンな色気が出る(笑)。これは唯一無二ですよ。歌にヘンな色気が出るバンドなんて(笑)。
















