裁判官の背中を押すには市民の声を上げなくちゃいけない
ISHIYA:弁護士として裁判っていうのはどういう比重というか、社会において裁判っていうのはどのくらいの比重というか。
島:えーとね、裁判官は孤独だと思うんだ。正しい判断はどうあるべきか考えるわけで。自分の責任で判決を変えたらすごいことになるって分かってる。自分の人生も変わっちゃうよね。その判断によっては裁判から降ろされることもあるから。なんでこの事件を俺がやらなきゃいけないんだ? って思うこともきっとある。そういう裁判をしながら、外に耳を澄ましてる。法廷の外の声を聞きたがってる。裁判官の背中を押すには、外からの声、市民の声を盛り上げていかないと、判決を書けないと思う。法廷の中だけでは決まらないんだよ。
遠藤:よく、裁判を傍聴しに来てくださいっていうのもそういうことで。
島:そうそう。市民がこの事件を注目してるって思えばね。
ISHIYA:裁判官が降ろされることもあるっていうのは、国が裁判官を変えてしまうわけだ。
島:そう。急に変わることある。尋問やって、相手はボロボロになって、もうコレでキマリだって思ったら、次の裁判期日で裁判官が変わるなんてこともある。証言台でボロボロになったのを見てない裁判官が判決を書くっていう喜劇。
遠藤:うわあ…。
ISHIYA:政治ってそういうものなんだね。
島:間接的にせよ内閣がその権限を持ってるからね。
ISHIYA:てことは、もうずっと自民党が権限を持ってるわけですよね。ずっと変わらないと自民党内部もナァナァで、それに慣らされて。自民党がこんなに長く続いてるのが諸悪の根源のように思う。
島:そうなんだよ。健全な司法を続けていくには内閣を入れ替えていかないとダメなんだよ。アメリカは共和党と民主党、ちょくちょく変わるじゃん。日本はずっと自民党で、自民党の意向を反映した裁判官人事が続くっていうのはおかしいわけで。
遠藤:そんなの公平であるはずがない。
ISHIYA:変えなきゃホントおかしい。
島:だから法廷の外から声を出してかないと。
遠藤:島さんは伊藤耕さんの裁判もやってるんですよね。その話の前に、伊藤耕さんが参加してたブルースビンボーズ。ISHIYAさんがCDを持ってきてくれました。ブルースビンボーズのドラムはFORWARDのドラムで。
ISHIYA:そうそう。ドラムがうちのドラムで。アキヤマっていう面白い奴。
遠藤:ではISHIYAさんから曲紹介を。
ISHIYA:『ロックンロールソウル』ってスゲェいいアルバムから、「太陽のまばたき」もかけたかったんだけど、今日はレベルミュージックってことで、「何度でも立ち向かえ」って連呼する「Ghetto Fighters(何度でも立ち向かえ)」。大好きな曲です。
──ブルースビンボーズ「Ghetto Fighters(何度でも立ち向かえ)」(『ロックンロールソウル』に収録)
遠藤:カッコイイ。すごい勇気が出る。
ISHIYA:THE FOOLSもメチャメチャカッコいいけど、ブルースビンボーズは耕さんの自由さがさらに出てる。THE FOOLSは川田良さんとの絡みっていうかね。良さんがいて耕さんがいてって感じだったけど、ブルースビンボーズはメンバーの世代も違うし、本当に自由で。「太陽のまばたき」っていうのが本当にいい曲で。ロックンロールとして唄い継がれていくべき曲。ソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」みたいにね。実際、女の子が弾き語りしてるのをYouTubeで見たし。伊藤耕を知らなくても、ロックとか知らなくても、伝えていくべき。
島:ブルースビンボーズはちゃんと聴いてなかったから聴いてみるよ。