「俺は今曽我部恵一に興味があるんだ」ここ最近ロフト席亭平野悠は繰り返し言い続けていた。下北沢問題を通じて知り合った関係が7月2日新宿ロフトでのライブを観て、平野の想いが加速し、今回の対談が実現。現在ニューアルバムのレコーディング中の多忙な中、対談に臨んだ曽我部からはサニーデイ・サービス時代の話から、下北沢問題、日本のロック、政治や文化にまで多岐に渡り話が広がってゆく。ほぼ、接点は無かったはずの二人なのに、不思議と両者の間には人間が好きというイデアが築かれていたのも面白い。曽我部・平野の二人の「革命家」の歴史的なファーストコンタクトに注目!(プロデュース&構成:吉留大貴)
下北沢問題は身の回りの事だからやってるだけですよ
平野:この間の7月2日に行われた新宿ロフトの曽我部ライブがすごく良かったんですよね。今まで何度かライブは観ていたんですが、この時改めて曽我部さんにとても興味を持ったんです。まず、僕なりの素直な言い方なんですけど、曽我部さんや銀杏BOYZ、サンボマスター・怒髪天、フラカンを観る内に、私には日本のロックに新しいシーンが動き出したと感じたんです。2001.9.11同時多発テロ以降日本のロックは明らかにこの事態や社会や世界の変化に背を向けてきた歴史がありますよね。そこに対してダイレクトに熱く語ったり、歌ったりする事で、大変なエネルギーを作り上げたりしている一つのシーンだと僕は見たんです。多分僕が勝手に一人言い出したのだけどね。そして僕はこのエネルギーは何処にいくのかをずっと注目しているんです。そこで僕はつい先日から最年長な新人ロック評論家を名乗り多くのライブを見始めたんです。で、この前のエンケン(遠藤賢司)との対バンの時は凄かった。あの時は曽我部さんは僕が言うシーンの一部は超えたと思ったの。もっと問題なのは僕は何であのライブの時そう思ったか考えてもわからない。だからもう一回観たいと。曽我部のライブをもう一回観ないとその結論が出ないと思っていた。あれから曽我部さんの東京でのコンサートがないじゃないですか。あったらどこでも行こうと思ったの。もう一回ライブを見てあの気持ちに自分自身決着付けたかったの。しかし残念ながら未だに結論が出ていなくってこの対談に至ったわけです。
曽我部:あの日のライブはエンケンさんと一緒にやるので負けられねえなっていうのは、まずバンドメンバーもあって、エンケンさんとツアー回ると僕がやればやるほどエンケンさんも負けずにやり返してくるわけですよ。基本的に最初に出るのが負けっていう恐ろしい世界なので(笑)。後から出るエンケンさんが想像できないぐらいにやりたいなっていうのは、対決だと思ってるからいい機会だなと思ってましたから。
平野:だからやる前からエンケンさんが燃えちゃって、「エンケンさん、どうしてこんなに盛り上がってるの?」って聞いたら「曽我部に負けられるか」と(笑)。50過ぎのジジイが曽我部に負けられるかはないだろうと思ったけどね(笑)。
曽我部:負けず嫌いの2人なんで(笑)。
平野:あとギター狂いの2人だよな。エンケンさんは寝床に入ってもギター離さないっていうのが昔からの評判な人だから。
曽我部:最近特に思っている事があってライブの前に言うんですけど、メンバーの年齢もバラバラだけど、青春の全てを出しきっていこうぜって。結局やってるのってそれだけなんです。何でもいいんです。メッセージじゃないかもしれないし、叫んだりとか歌ったりとか自分の中から出るものを、全て出してそれで終わりなのか、そこから何かがあるのかそれは解らない。青春や情熱というものがあるなら、それを全部出そうぜって。笑ったりとか感動したりしながらメンバーとやってるし、それが楽しいし、それをやらないと何にも伝わっていかないんじゃないかなっていうのがあるんです。
平野:ただ、そこで曽我部さんの最近のCDを聴くと、ほとんどラブソングじゃないですか。ラブソングで身のまわりのことしか歌ってないじゃん。そこで僕が観たライブとの断絶感というか距離感を感じてしまった。この人何がしたいんだろうって。自分の子供がかわいいのは解るけど、小さな幸せがあればいいだけなのか。ライブのもの凄い熱いエネルギーと、あのCDのラブソングのしっとりとした感じの差異は何なのだろうってね。決して僕はラブソングは嫌いじゃないんですが。
曽我部:ライブのままを作品に出したいんですけどね。毎回ああいったライブなんですよ。それを作品にするのはすごく難しくて。それでもアコギ1本持ってスタジオに入ってっていうのは、ライブと違う事だからそれはそれかなって思っちゃうんです。必ずしもCDとライブが同じ効能はなくてもいいと思うし。
平野:サニーデイ・サービスの頃はどう考えていたの?
曽我部:その頃思ってたのは当時は熱いロックが多かったんです。拳を振り上げるって事に違和感があって、連帯もできないし、友達も多いわけではないし、引っ込み思案だし、自分達が思うロックっていうのは別の所にあるし、だからこそシャウトしたりとかせずに表現していきたいなと思ってたんですよ。あえて淡々とやってたんですけど、今やっぱりそれに飽きちゃったというか、そういうのも世の中的に多いなぁ。つまりメガネかけてるバンドとかが多いなと思って。自分が思ってた様なことが主流になったけど、それで変わったのかなっていうのもあるし。どういうことやったらいいのかって模索しだしたら、異様にライブのテンションが上がり始めたよね。何だったんだろ。僕も解らないですよ、今のライブになったのも。
平野:そうなると次はCDで自分の立ち位置をどう伝えていくかというところで難しくなる。曽我部さんは子供が産まれたから、まず自分の身の回りを守ってゆく気の優しいおじさんの歌に見られるとこが出てくると思うんだ。僕も子供がいるから言えるんだけど、子供がいるってことは守るべき存在があるということになって歌い手は表現がどうしても変わらざるを得ない。
曽我部:基本的には平野さんが言われた、そこを歌わないと駄目だなって思うんです。一言で言えば自分が好きな人に好きだよって。それをやってるからこそ、本気でライブで叫ぶことができる。「愛と平和」って歌うつもりもないし、「戦争反対」って歌うつもりも全くない。君が好きだよしか歌いたくないし、自分が大事に思ってることとか、心の中に思ってる夢とか希望とか絶望とか孤独とかを歌う。それは半径数メートルっていうよりも数10センチかもしれないけど、僕はそれを歌いたいですね。それしか僕は歌うことないですよ。社会の状況のことを歌うつもりはないですね。それよりも、君が好きだよとか俺はこういうふうに孤独を感じてるんだって本気で言うことによってポジティブなパワーが生まれると思っているんです。
平野:そこで更に突っ込むとね、あなたが一番愛する子供、あるいは家族が住むこの日本は今840兆の借金、年金も含めると1800兆近いという。これって絶望的な数字でしょ。そう考えると「生活は破綻して行く」わけだからそこで社会との接点が生まれてくよね。そうなると、親としてもあなたの子供の10年~20年後にも責任はあるじゃないですか。
曽我部:僕はあんまりそういう風に思わないんで。不謹慎な話ですけど、今が楽しかったらいいかなと思ってる方だし、子供の未来を考えるより今遊んだりとかいろんな事を共有したりとか、子供といると知らなかった物を教えてくれるし、そういうところを一緒に共有したいと思うんです。未来に対しての不安とかは特に感じて無くて、あくまでも十年後二十年後は想像に過ぎないからどうなるか解らないんですよね。僕にとってはリアリティがないですね。
平野:だったら世界で今何が起ころうと問題はない?
曽我部:そんな事は無いです。子供たちが死ぬ事程悲しい事はない。その悲しみが自分に蓄積されてライブで爆発するかもしれないし。ただ空爆を今すぐ止めるんだって歌う事が何かを変えていくことにはならないと思うんです。
平野:そうするとあなたが下北沢道路拡張問題に関わっているのが不思議になってくる。これは行政側の無理と戦う事だから明らかに政治的な要素を持つ運動になるわけ。
曽我部:僕は下北沢問題に関しては、自分が暮らしてるところだからやってるんです。散歩したりとか好きな街だから変えないで欲しいなと思ったところから始まってるだけなんです。
平野:なるほどね。身の回りを大事にしているから、下北の街を変えられるのはって嫌だって体を動かすわけだ。
曽我部:ちょっと待てよって話ですよね。そこで僕がやれるのは、デモとかは出来ますけど、具体的には歌になる。そこでどういう歌を歌うんだって時に、ダイレクトに歌っても届かないと思うんです。僕は今の下北はこんなにすごい素敵な街なんだよってことを、キッチリ押しつけがましくなく伝えたいなって思ったんです。それで『sketch of shimokitazawa』ってアルバムを作ったんですよ。道路反対とちょっと言ってるぐらいで、やっぱり下北でこんないい曲出来たよ、東京来たら下北遊びに来てよというのが。















