去年はロッキンレボリューションの一員として社会的な活動が盛んだったワタナベマモルが本来の"炎のパブロッカー"としての持ち味を十二分に発揮した作品、それが1年8ヶ月ぶりに発表される最新作『SWiNGiNG ROCK'NROLL』だ。1991年から2005年までに生み出された珠玉のレパートリーを現代に蘇らせた本作は、肩肘張らずに陽気で軽妙なロックンロールを何度でも楽しめる、粋で洒脱な娯楽作。シラけた時代にパッパドゥビドゥバ、ギスギスした世の中に3分足らずのゴキゲンなロックンロールを撃ちまくるマモルの真髄がギュッと詰まっている。その人柄同様、ぶっきらぼうだが純真で"スウィング"している彼の歌は、閉塞感漂うこんな時代だからこそより一層の輝きを増す。一服の清涼剤として、難局を切り抜ける心の糧として、ワタナベマモルの滋味に富んだロックンロールが今の僕らには必要なのだ。(interview:椎名宗之)
次のアルバムにつながる“実験”をしてみたかった
──今回、どんな経緯でセルフカバー集をリリースするに至ったんですか。
M:出したいから出すっていうのが単純な理由なんですけどね。今度のアルバムには以前ロフトレコーズから出した曲(『想像しよう』と『R&R HERO』の収録曲)が多くて、そういう古い録音を改めて聴き直すと、音色やアレンジとかでやり残したことがかなりあるのに気づくんです。特に『想像しよう』に入れた曲なんかは、ホントはこんな感じにしたかったんだけどなぁ…って部分を自分でもどうしたらいいものか、当時はよく分からなかった。それが今なら、ちょっとずつだけどレコーディングのノウハウを積み上げてきたこともあるし、当時の曲をもう一度出したい気持ちも前からあったから、ちょうどいいタイミングなのかなと思ったんですよ。
──セルフカバー集は、以前にも『ヒットパレード』(2009年)という作品がありましたね。
M:うん。あれに入れなかった曲を今回は入れました。ライブでやりたい曲もけっこうあったしね。あと、新しいアルバムの作業をしてると、アレンジや音の録り方でやってみたいことがいろいろと頭に浮かぶんですよ。でも、ここ何年かは新曲を仕上げるのに手いっぱいで、そういう実験をする余裕がなくてね。だから古い曲を録り直すことで実験をやってみたかった。このアルバムで実験することによって、そこで得たノウハウが次のアルバムで活きるんじゃないかっていう読みもあるんですよ。レコーディングの実験って言うか研究を、一度じっくりやってみたかったんです。
──『想像しよう』を出した1997年と比べたら、レコーディングの技術や環境も著しく進化しましたからね。
M:大きく進化しましたよ。あの時はあの時で精一杯やったし、それはそれで良かったんですけどね。当時のロフトの中では予算も時間もかけて最高の環境でやらせてもらったし、わがままも言わせてもらったしね。でも、その頃の自分にはまだノウハウがなかったんです。いざスタジオに入ると、そこのバカでかい空気に呑まれちゃって、なんとなくOKを出しちゃう。
──ホントは録り直したい、手を加えたい部分があるのに。
M:そうそう。で、家に帰って聴き直すとアッチャーってなったり。でももう時間もないし、予算も自分で出してたわけじゃないから、心に引っかかりを感じる部分があるまま出しちゃうんですね。当時はどんなミュージシャンでも多かれ少なかれそうだったと思いますけど。そんなこともあって、アレンジの実験ができるような曲を中心に選んでみたんです。具体的に言えば、「野球小僧」とか「満員電車はまっぴらだ」とかですね。
──マイナー・キーでメロディアスな「満員電車はまっぴらだ」は情緒的なオルガンが絶妙な色合いになっているし、「野球小僧」はウクレレと口笛が小気味良い清涼感を与えていますね。
M:あの辺の曲は今じゃないとできなかったですね。昔はあそこまで時間をかけられなかったし。ライブではそこまで忠実に再現できないけど、オルガンをフィーチャーしたものとか、ウクレレを使ってみたりとか、曲によってはこれからもやってみたいことなんですよ。ウクレレはこのレコーディングのためにわざわざ買ったしね。
──「野球小僧」は後半にバンジョーの音も入っていますよね?
M:あれは実は、サンプリングなんです。あんまり種明かししちゃうのもアレなんですけど、そういうのも含めて実験ですよね。どの曲も原曲からガラッとアレンジを変えたわけじゃないけど、当時できなかったことをやってみたかったんです。細かいことだけど、ギターの音を曲によっていろいろと使い分けたりね。「とりあえずメリークリスマス」には思いきりリバーブをかけてみたりして。一度発表した曲だから、実験を思いきりできるのがいいんです。
──細部にまでこだわった甲斐がありますよね。アルバムの最後を飾る「SWINGING ROCK'N ROLL」は文字通り“スウィング”したギターの音色が掛け値なしに素晴らしいですし。
M:頑張りましたね。僕には技術がないもので、作業に丸1日かかりましたから。あまりにミス・ピッキングが多くて、ダビングするのに8時間くらいかかって泣きたくなりました(笑)。ちなみに、この「SWINGING ROCK'N ROLL」だけ唯一の未発表曲なんです。当時出さなかったのは、その頃出したアルバムには合わなかったからなのかな。ロカビリー調の曲で、自分のレパートリーとしては割と珍しいタイプなんですよ。ちょうどその頃、カール・パーキンスとかジーン・ヴィンセントとか、ルーツ的なロカビリーを今よりも熱心に聴いてたんですね。
20年前は今よりずっと平和な時代だったのを実感
──新たに録り直したことで、改めていい曲だなぁと実感したのはどれでしょう?
M:やっぱり「満員電車はまっぴらだ」かな。オリジナルは宅録のカセットテープ音源(『Private One』)で、今回はかなり満足のいく形にできましたね。僕はいつもバッキングをエレキで弾いてるんですけど、「満員電車〜」はあえてバッキングをアコギにして、エレキはほとんど出てこないんです。そうやってオルガンとアコギで構成した曲は初めてで、オルガンとアコギのマッチングが思ってた以上によくできましたね。
──2007年に「MAGIC TONE RECORDS」を自ら立ち上げて以降、去年はリリース・アイテムが1枚もない珍しい年だったじゃないですか。それだけ間が空いて、全曲新録のニュー・アレンジとは言えセルフカバー集が次に来たのが少々意外で。
M:去年はまぁ、政治的なことに熱くなっちゃいましたから(笑)。あまりに熱くなりすぎて、いろんなエネルギーがそこへ削がれすぎましたね。ロッキンレボリューション(マモルとイカリタケトシを中心とした、反戦歌やプロテスト・ソングを唄うバンド)をやると、もの凄いエネルギーが要るんですよ。今はやっと持ち直して、本来の音楽活動とのバランスが取れるようになりましたけど、去年はいっとき創作活動から完全に離れちゃったんです。
──今のマモルさんなら、社会にもの申す的な新曲を連発するのが自然な流れなのかなと思ったのですが。
M:このアルバムに入ってる曲の歌詞を読み返すと、随分とのんきなことを唄ってんなぁ…って思うんですよ。今の自分なら、どの歌詞もちょっとあり得ない。でも逆に言えば、当時はそれだけ平和な時代だったんです。今みたいに社会的なことをわざわざ言わなくても済んだし、今よりずっといい時代だった。そういうことをアピールするためにこのアルバムを作ったわけじゃないけど、そんなのんきな時代に戻りたい気持ちはありますよね。このアルバムに入ってるのは能天気な歌ばかりかもしれないけど、平和な時代に作られた歌は無条件に楽しいんです。今だって別に政治的なことを唄いたいと強く望んでるわけじゃなくて、世の中の出来事を自分というフィルターを通してから歌にするのが僕のスタイルだし、当時は平和な時代だったから平和なことを唄ってただけだと思うんです。誰かに何かを訴えたい気持ちは昔から自分の中にはあんまりないし、僕は楽しいロックンロールを好きなようにやるだけだから、みんなも好きなように感じ取ってよ、っていうのが基本的なスタンス。でも今は、政治的なことを避けて通れなくなった。
──確かに今よりも平和な時代でしたよね。“気をつけろ 外反母趾”(「とりあえずメリークリスマス」)なんて歌を唄っていたわけですから(笑)。
M:自分でも「なんだこの歌詞は!?」と思ったけど(笑)、あれはあれでシュールで訳の分からないクリスマス・ソングを作る実験だったんですよ。クリスマスなんて好きじゃないのにどこか嫌いになれなかったり、でもやっぱり日本人には関係ねぇだろ、なんて思ったりするひねくれ者なりのクリスマス・ソングを作ってみたかったんです。当時の自分なりに作ってみたらああなったと言うか。今じゃ浮かばないタイプの曲ですね。
──“リーゼント”という言葉を連呼する「リーゼント」も、今じゃ浮かばない曲かもしれませんね(笑)。
M:あれはブルーハーツの「リンダ リンダ」に対抗して作ったんですよ(笑)。“リンダ リンダ”って繰り返すことに意味はないじゃないですか。それと同じように、“リーゼント”って言葉は歌の中身と関係ないんです。僕の中ではそういう遊びのつもりで書いたんですよね。
──“ダ・ドゥ・ロン・ロン”や“ドゥ・ワ・ディディ・ディディ”、“ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ”みたいなものですね(笑)。
M:そうそう、ネタばらしをするとね。ふざけてますよね、歌詞もちょっとしかないしさ(笑)。
──「落ち着ける場所」や「あの娘が知ってる」、「君は僕のどこが好きなの」みたいに、昔はラブソングも多かったですね。
M:そう、それも唄ってて思いました。そういう時代だったんですね。たった20年前のことなのに、みんな揃って平和な時代だったんだなぁ…っていうのが、このアルバムを出して一番実感したことなんです。今の世の中、大きく変わっちゃったもんね。ある意味、2年前に『MUDDY WATER』を出した頃よりも大きく変わっちゃったから。