ワタナベマモルはロックンロール・スターなんかじゃない。誰もが手軽に弾ける3コードのパンク・ロックとマージー・ビートをこよなく愛するあまり、気がつけば40年近くバンドを続けていただけに過ぎない。だが言うまでもなく、誰もが彼のようにロックンロールの旅を続けられるわけではない。迸る情熱と憧憬を燃料にして、おもちゃ箱をひっくり返すような無邪気さでロックンロールと向き合うことは生半可な気持ちでは務まらない。ロックンロールしかできない男の通算15枚目となるアルバム『LET'S GO!』には、彼なりの金科玉条がウィットにまぶされながらさりげなく挿入された歌、研ぎ澄まされたビートとメロディが惜しげもなく盛り込まれている。朱に交わっても赤くならない彼の信条にこそ、何事も右へ倣えの風潮が支配する現代を楽しく生きるヒントがあるように思えてならない。(interview:椎名宗之)
ロックンローラーは立ち位置がずっと変わらない
──バンドと弾き語りの両方で年間130本以上のライブをやる生活は変わらずですか。
ワタナベマモル(以下、マモル):うん。今は年に150本くらいやってるかな。年々ツアーが多くなって、今回はアルバムを出すのが遅れちゃって。曲はすぐできちゃうんだけど、レコーディングする時間がなかなか取れなくてね。
──1年の3分の1どころか半分近くを旅に費やしているんですね。
マモル:単純に子どもも大きくなるので、もうちょっと生活の糧になることをしたほうがいいんじゃないかって(笑)。ストレートに言えばそれだけですよ。
──それだけツアーをまわれるということは、若い頃よりも今のほうが体力があるんじゃないですか?
マモル:タバコはけっこう前にやめたし、お酒も最近はほとんど呑まなくなったからね。別に節制してるわけじゃないんだけど、呑みすぎるとベラベラ喋るから、次の日のライブは声がガラガラになっちゃう。昔はそれでも良かったのかもしれないけど、今はそれじゃ納得がいかない。呑むと話が長くなって睡眠が減るし、それなら早くホテルに帰ってサウナに入って寝たほうが気持ちいい。
──今回の新作『LET'S GO!』ですが、ミッドテンポで聴かせるのは「ビートルズが教えてくれた」と「イエーお金」くらいで、あとはノリの良い陽気なロックンロールがてんこ盛りですね。
マモル:いつものことながらあまり深く考えてないんだけどね。その時に出てきたものをそのまま入れただけだから。1曲目はどういう曲がいいんだろう? っていうのはいつも考えていて、今回はたまたまこの曲が良かった。それが「LET'S GO!」だったので、タイトルもそうしたっていうだけで。
──たとえば「少年ロック」のような幼少期の心象風景をロマンティックに唄う曲は今回、影を潜めた印象を受けますけど。
マモル:そうかもしれないね。バラードはもともと少ないし、曲作りの率はノリの良い曲が圧倒的に多いし。いつも13、4曲くらい作るけど、採用するのはノリの良い曲が多い。静かな曲も多少入れてみるけどね。
──本作は歌詞の随所にマモルさんの信条が平易な言葉でさりげなく挿入されているのがいいなと思ったんです。その聴かせ方が説教くさくなくて粋と言うか。たとえば「LET'S GO!」で言えば「特別な日なんかないぜ」。ありきたりな日常こそが大事なんだというメッセージにも受け取れるんですよね。
マモル:まぁ、僕にとってはそういうことなんですね。僕のやるロックンロールは毎日続くものだし、決して特別なものじゃないから。何十周年記念ライブとか誕生日ライブみたいなものはやらないし、この先もやらないだろうし、そんなことはやりたかないって言うかさ。その一本のライブだけが特別っていうのはおかしいじゃないですか。それを日常に置き換えれば、毎日が全部特別なわけだし、普段のライブだってお客さんが3人だろうが4人だろうがどれも特別なものなんです。旅をしているうちにそういう気持ちがより強くなったんですよ。
──旅を続けているうちに自分だけが特別な存在ではない、自分は決してロックンロール・スターなんかではないという気持ちも芽生えたり?
マモル:ロック・スターとか、もともとそういうのが好きじゃないんです。僕はビートルズやローリング・ストーンズが好きだけど、彼らは神様ではないしね。ビートルズにだってダサい曲はあるし、それをはっきりダサいと言いたいし。ポール・マッカートニーも最近の曲はいいけど、80年代の曲は大嫌いだったし(笑)。特別扱いしてしまうと、そういうのが見えなくなるよね。逆に言えば、ビートルズからそういうことを教わった気がするんですよ。楽曲の良さ、メロディの良さがすべてだよ、っていうね。たとえばキース・ムーンみたいなゴシップも好きは好きなんだけど、それはそれって感じで。
──ロックの世界にまつわる武勇伝みたいな。
マモル:55歳にもなって武勇伝もクソもないからね(笑)。そんなの今さら語るのも恥ずかしい。
──図らずも今回は「ビートルズが教えてくれた」という素敵な曲がありますね。ビートルズが教えてくれた自由、あの娘に会いたい気持ち、伝えたい気持ちを今日まで守って生きてきたという。
マモル:まぁそうですね。僕のなかでのビートルズっていうのは、もちろん世界一のロック・バンドなのかもしれないけど、4人とも根っこにあるのはリヴァプールのガキなんですよ。ポール・マッカートニーだっていくら金持ちになっても、僕にはいまだにロックンロールが好きなリヴァプールのガキに見える。ある部分ではね。そういう立ち位置がずっと変わらないのが好きなんです。自分もそうあり続けたいし、自分の立ち位置がずっと変わらないのがロックンローラーなんだと思う。
安物の5流ギターだって自分が思えば1流
──マモルさんの立ち位置もずっと変わらないと思いますよ。「パンクロックとマージービート」みたいな曲を今も堂々と唄っているわけですから。
マモル:「パンクロックとマージービート」はライブで唄うとけっこうウケるんですよ、若い男の子たちに。作った時はこんな直球な歌でいいのかな? と思って一度ボツにしかけたんだけど、これはこれでいいのかなと思って。「新しいアルバムに入れてください」って人も何人かいたので。
──この曲にも重要なフレーズがありますよね。「必要なのは 情熱 情熱」という。
マモル:重要ですかね?(笑) まぁ、僕はろくに才能もないし、情熱くらいしか取り柄がないですからね。
──「ダウンロードも何にもいらねぇ」という歌詞がありますが、実際に音楽配信サービスを利用したりはしませんか。
マモル:やり方が全然わからないからね。レコーディングやデザインでパソコンを使うことはあるけど、それで精一杯ですよ。それ以上のことはハードルが高い(笑)。
──でも結局、ダウンロードってデータなんですよね。僕らが聴きたいのは作品であってデータではないし、マモルさんの作品はいつも手描きのジャケットを含めて作り手の熱量を感じさせるものだと思うんです。
マモル:手描きの絵をスキャナーに取り込んだりはするけど、僕も古い時代の人間だからね。パッケージというのが重要なんですよ。配信でもCDでも選ぶのは自由だけど、僕はレコード世代なので曲順っていうのが重要でね。1曲ずつ単体で聴くよりも4曲目に入ってる時の聴こえ方とか、そういうのが大事なんです。アーティストというのはそういうのを考えてアルバムを作るはずだしね。ダウンロードになるとその曲順がどうでも良くなるし、もしダウンロードだけになったら僕はモノを作る意欲が半減するんじゃないかな。ジャケットも二の次になるわけだからね。ジャケットを描く楽しみまで削がれちゃったら、もうどうでもいいや、曲も別に作らなくたっていいや、ってことになるのかもしれない。
──ただでさえ「めんどくせぇ」「どうでもいい」が歌詞の頻出単語ですからね(笑)。ということは、「キャデラック8号」も4曲目だからこその良さを汲んでの配置なんですね。
マモル:なんとなくね。すごく感覚的なことだけど。
──今回の「キャデラック」は、マーサ&ザ・ヴァンデラスの「ヒート・ウェイヴ」を彷彿とさせる感じで。
マモル:それかルースターズの「どうしようもない恋の唄」みたいな。あの手のビートは自分のテリトリーだけど、ああいうビートを使った曲が今までなかったなと思って。狭いエリアのなかにも意外にまだそういうのがあるんだなと(笑)。
──個人的に特にいいなと思ったのが、疾走感のあるビートと昂揚感溢れるメロディが折り重なった「トーテムポール」なんですよね。
マモル:新曲発表ライブをずっとやっていて、そこでもこの曲が一番評判が良かったんですよ。
──わかる気がします。物の値打ちや肩書きなんてどうでもいい、どんなブランドだとかもどうでもいい、そもそもほとんどのことがどうでもいいという歌詞もすごくマモルさんらしいですし。
マモル:別にブランドが好きな人がいたっていいし、人それぞれ自由だし、いろんな価値観があっていいと思うんですよ。でもブランドが好きな人ばかりじゃつまらないし、僕みたいな偏屈者がいたっていいじゃないか、ってことですよ。
──立場や肩書きで判断することがなければ、自ずと差別だってなくなりますよね。
マモル:そうかもね。たとえば今の若い子は普通にグレッチを持っていたりするけど、僕が若い頃はとうてい買えなかったからね。みんなだいたいグレコだったから(笑)。それでもみんな、いい音を出してたよね。
──やはりギターに関してもブランド志向にはならないものですか。
マモル:なる人もいるんだろうけど、僕はならない。なんでだろうね。もちろん今はフェンダー・テレキャスターとか、ちゃんとしたギターを使ってるけど。でもなにも高いギターを使えばいい音が出るってわけじゃないしさ。結局、ライブでギターを演奏していて一番大事なのはハートの部分、情熱だと思う。ギターの音の良い、悪いっていうのは、自分が良いと思えばそれで良いんですよ。安物の5流ブランドのギターだって自分が思えば1流。自分の声だってそう。良いも悪いも自分の声なんだから。そういうことだと思うけどな。まぁ、5,000円のギターじゃさすがに良い音は出ないと思うけどね(笑)。なんて言うのかな、これはブランドに限らずだけど、世の中の流れがひとつの方向へ行くと全部そっちに行っちゃうじゃないですか。ライブなんかでもなんとかスタジアムでやるのがステイタスとかさ。だけど僕みたいに全国をドサまわりしてる頑固ジジイがいてもいいんじゃないかと思うわけですよ。僕は別に背負ったものがあってドサまわりをしてるわけじゃないけどね。