── 極上の総天然色サウンドが辿り着いた新たなる地平
次のフル・アルバムは自らのバンド名を冠したものにするというかねてからの"公約"を、アーチン・ファームが遂に果たした。来たるヴァレンタイン・デーに、彼らは満を持して『URCHIN FARM』というメジャー移籍後初となるオリジナル・フル・アルバムを発表する。洋の東西も今昔も問わず、自身のバンド名がタイトルとなっているアルバムに駄作がないように、本作がモノクロームから虹色まで変幻自在の総天然色サウンドを生み出すことに全身全霊を注いできた彼らの最高傑作であることは改めて言うまでもないだろう。 このインタビューを終えて彼らと雑談をしている最中、バンドとしての道程を山に喩えるなら今はどの辺りを歩いていると思うか? という僕の何気ない問いに、リーダーのMORO(g, cho)は「まだ登っている感じはしないですよ。山を登る武器を手に入れて、ようやくすべての準備が整ったところです」と凛々しく答えた。その"武器"とは、楽曲のクォリティや演奏力の高さばかりではなく、サポート・メンバーだった○貴(key, cho)が正式に加入したことによって得たバンドの確たる音楽性とメンバー間の絆の深さ、そしてすべての迷いを払拭した末に勝ち取った揺るぎない自信なのではないか。バンド結成当初の抑え難い初期衝動と一切の妥協を排して表現と対峙するその姿勢を携えたまま、彼らは軽やかにその第2章の幕を開けようとしている。僕には、愚直なまでに自分達にしか創れない音楽を模索し続けてきた彼らに音楽のミューズがやさしく微笑みかけているように思えてならない。(interview:椎名宗之)
○貴という異質の存在が溶け込んでこその面白さ
──昨年末に、キーボードの○貴さんが晴れて正式メンバーになったそうですね。
MORO(g, cho):はい。マルタカ…通称マルに正式に加入してもらうことにしました。初めてマルと音合わせをした時、実は全然噛み合わなかったんですよ。まず、まるっきり育ってきた畑が違ったんですよね。彼はクラシックとかプログレみたいな音楽が大好きなので。Gの7thでジャムろうって時に、マルが“はい?”みたいな顔をして全然ジャムれなくて(笑)。でも、ジャムっていくうちに“これは面白くなるかもな”っていう手応えが徐々に出てきたんですよ。人間的にも面白いヤツだし、バンドの空気にも合うし、マルのプレイがアーチンに溶け込んだら面白くなるぞというインスピレーションとアイディアが僕の中で膨らんできて。それが去年の9月か10月くらいの話で、その時点で僕は一緒にバンドをやってもらうつもりでいましたね。
──本作の先行シングルである『存在音』は、もうマルさんと一緒だったんでしたっけ?
MORO:いや、『存在音』はそれまでサポートしてくれていたキーボーディストに弾いてもらって、マルとは『存在音』のツアーを一緒に回ったのが最初だったのかな。
○貴(key, cho):下北にあるモザイクの店長さんにアーチンを紹介されたんですよ。「エゴ・ラッピンみたいなジャズ系のバンドを紹介してあげるよ」と言われて…。
SHITTY(b, cho):全然違うじゃん(笑)。
○貴:最初は「自分がプロデュースしたいヴォーカルがいて、そのバンドでピアノを弾いてくれないか?」と言われたんですけど、その1ヶ月後に「凄くいいバンドがいるんだよ、アーチン・ファームって言うんだけど…」って。
MORO:モザイクの店長が最初にマルに紹介しようとしたのは、全く違うバンドだったんでしょうね(笑)。
──畑違いのバンドと一緒にやることになって、マルさんはいろいろと試行錯誤されたんじゃないですか。
○貴:でも、アーチンと出会うまでの半年間で20くらいのいろんなバンドとライヴをやってたんですよ。ポップスはそんなにやってなくて、ジャズとかプログレばかりでしたけど、自分としては新鮮でした。
──ということは、全く異質な色がバンドに溶け込んだ感じなんですね。
MORO:全くなかった色ですね。でも、だからこそ面白いと思ったんです。マルは全然違うフレーズやアプローチをしてくるので今までの曲もアレンジが変わってきたし、「この曲はもっとこうしてみたいんですけど…」という提案も彼から多々あったりして。ちょうどその時は自分達の音を模索していて、次のフル・アルバムは『URCHIN FARM』というタイトルで勝負していくつもりだったので、どんな音楽性にしていくかを自分達としても決めかねていたんですよ。でも、マルが入ってライヴを重ねていくうちに“こういう感じの曲ができるかもしれない”と思い始めたのが今回のアルバムに入っているような音楽性で、そこから少しずつ曲を書き始めたんです。それまでに4人で“こんなふうにしよう”と話し合っていたプランや曲を一度全部ゼロにして、まっさらな状態でマルを含めたこの5人で作り上げていくことにしたんですよね。その過程で“よし、これだ!”という手応えを感じてからすぐにレコーディングに入ったんです。
──4人だけで模索していた時は、次作をどんな音楽性にしようと考えていたんですか。
MORO:「One minute SNOW」の延長線上にある曲をもっと増やそうとしてましたね。アルバムで言えば『I.D.[Illustrators' Decoration]』の進化版みたいな感じのイメージでした。ピアノに固執するような曲を作るつもりは全くなかったんですけど、やっぱりマルが入ってから考え方がガラッと変わったんですよ。ピアノを軸に置いた曲作りにシフト・チェンジしてからは、面白いくらいにアイディアが湧いてきたんです。
すべての物事が決して無駄じゃなかった
──今回のアルバムは、従来の潤沢な虹色メロディが決して甘さに流されず、野太い芯が真ん中に一本貫かれているようなものになった印象を受けたんですよね。過去随一のハードなナンバー「DANCE DANCE DANCE」から“化けた!”とまず誰しもが驚くと思いますよ。全13曲はかなりのヴォリュームだと思うんですが、中だるみもなく一気に聴き干してしまうし。
MORO:そうですね。2分台の短い曲も3、4曲あるし、冗長にならずコンパクトにまとめることを意識していましたからね。デモの時は相当ゴチャゴチャしてたし、今回はホントにギリギリまで曲を作ってたんですよ。レコーディングの最中でも納得行くまで作り込んでましたからね。一度リズムだけ録ったものも、結局納得が行かなくてボツにしたりもしましたし。使うか使わないか判らないけど録ってみて、結局使わなかったりもしたけど、一切の妥協をせずにとにかく粘ろうと。だから、時間のない中で紆余曲折を経て完成に漕ぎ着けたんですよね。
──事前に際限まで作り込んでからレコーディングに臨むアーチンとしては、凄く珍しいケースですよね。
MORO:全く初めてのケースですよ。でも、そこまで七転八倒して作り上げたからこそいいものが出来上がったと思うし、自分達でもかなり変わったと思うんですよ。キーボードの音がようやく自分達のものになったことがやっぱりでかいと思うんです。自分達のバンドの一員としてキーボードの音が鳴っているということが。それがメンタル面で全然違いましたよね。今までキーボードはあくまでサポートだったから、4人との間にちょっとした距離があったんですよ。そこを今回は溶け込むまでずっとやり込んだし、メンバー同士でよく話し合いもしたし、バタバタではありましたけど確実に納得の行く形を具現化した感はありますね。この5人の音をどうやって作るかに終始できたから音にもの凄く勢いがあるし、確信めいた感じで録れたと思います。
──うん、音には一切の迷いがないですよね。
MORO:そうですね、基本的に。攻めた感じは凄くありますよ。ピアノで始まる「DANCE DANCE DANCE」からその“攻め”を感じてもらえるんじゃないかと思います。自分達のバンド名を冠するアルバムなわけだから、そこで納得の行かないものにしてしまったら、いよいよ何のためにバンドをやっているのか判らなくなってしまいますからね。
──レコーディングにはどれだけ時間を費やしたんですか。
MORO:約1ヶ月ですね。事前に五反田のスタジオにずっと籠もり切って、佐久間正英さんのドッグハウス・スタジオで1ヶ月使って録りました。ドッグハウスのエンジニアさんが今回プロデューサー的な役割を果たしてくれたんです。
──これまで発表してきた作品はすべてこのアルバムのためにあったんじゃないかと思うくらい、高い完成度を誇っていると思いますよ。自らのアイデンティティを模索していた時期を含めて、すべての物事が決して無駄ではなかったことがよく判ります。
MORO:ええ、ホントにそう思います。各アルバムでいろんなアプローチをしてきたバンドですけど、このアルバムでようやく“これが俺達なんだ!”と言えるものが作れたと思っているので、ここからすべてが始まる気がしてますね。
──ヴォーカルのアプローチも本作でだいぶ変わったと思うんですけど、録り方を変えてみたりしたんですか。
SOTA(vo, g):はい、変えました。ブースに入ってヘッドフォンをした時点で、今までの作品とは全然違う空気感だったんですよ。ヘッドフォンから聴こえてくる音に並々ならぬ気迫を感じたし、今まで通りじゃ絶対に無理だと思いましたからね。
MORO:音が凄く強かったからね。
SOTA:うん。みんな確信めいてきたものを突き詰めて音にしていたので、僕の気持ちが弛んでいたら負けるなと思って。だからまず、心構えの引き締めからして全然違ったんですよ。前回のインタビューでも話しましたけど、マイクの外に向けて唄おうとするのは大前提。今回はそれに加えて、どれだけ曲に溶け込めるかを意識しましたね。ライヴっぽく唄いたい時はウィンド・スクリーンを引っ張ってくっ付けて唄ったし、ギターを抱えながら唄ってみたり、暗い曲なら電気を消して真っ暗な中で唄ってみたりとかして。曲ごとに自分なりのアプローチが変わってきたし、今までの作品を改めて全部聴き直してみて“もっとこうしたかったんだよなぁ…”というところを今回は絶対になくそう、と。だからこのアルバムが完成した時には、その時点でできることはもう何もないというところまですべてを出し切れたと思います。そこまでやらないと、『URCHIN FARM』というタイトルのアルバムを出す意味がないと思ってましたから。