7分を超えるバラードの大作「Diary」
──リスナーが涙腺を直撃されること必至なのは、7分を超える大作「Diary」だと思うんですよ。これには僕、不覚にも涙が止まりませんでした(笑)。
MORO:これはもう、至極のバラードですからね。楽曲の構成としては、気持ちの流れを汲んだストーリー性のあるものにしたかったんですよ。
──その前にジャブとして「End roll」というポップながら哀切のナンバーがあって、この「End roll」と「Diary」の流れは本作の大きな聴き所のひとつだと思うんですよ。
MORO:仰る通りです。そういう泣きのメロディの流れは今までにもあったと思うんですけど、今回はそれを凝縮した感じと言うか。「DANCE DANCE DANCE」や「Billy」といったこれからアーチンが押し出していきたい音を前半で出して、“でも、バラードだってちゃんとできるんですよ”みたいなニュアンスを後半で1曲だけ出したかったんですよ。何曲もバラードを入れずに敢えて1曲に絞って、代わりにその1曲を至極のバラードにしようと思ったんです。
──「Diary」は歌詞も凄くいいんですよね。別れた恋人との思い出を日記になぞらえて、失意の日々を送る主人公がゆっくりと立ち上がるまでを精緻な描写で綴っていて。
SOTA:自分で言うのも何ですけど、この歌詞はよくできましたね(笑)。いつも歌詞は自分の実体験を膨らませて書くんですけど、思い出を美化しているもう1人の自分がいるんですよね。そのもう1人の自分が大きなアクションを起こしたような曲ですね。曲の時間としては一番長いんですけど、実は歌詞の仕上がりは一番早かったんですよ。歌詞には凄く時間が掛かるほうなんですが、「Diary」はものの数時間で出来上がったんです。
──これだけ長尺の曲は、張り詰めたテンションのまま演奏するのがなかなか難しかったんじゃないかと思うんですけど…。
MORO:そうなんですよ。やっぱり、音が多くなればなるほど凄く難しいんですよね。静寂からガンと行くところまでの振り幅を大きくしたかったから、静寂の部分にはちゃんと音を少なくしなくちゃいけなくて。バラードは歌もメロディも緩急がすべてで、押し引きが凄く難しいんです。ただプレイするだけでは絶対に感動を得られないですからね。
──歌詞で言えば“けどもう やめよう”に至るまで、恋人への思いを断ち切る決意をするまでの演奏が徐々に盛り上がっていく場面は身震いするほかないと思いますよ。
MORO:組曲っぽいんですよね。途中から曲の世界観もコード感もガラッと変わるんです。歌詞にしても、綺麗な思い出から始まって、中盤で心の奥底にある生々しい感情が交錯していって、“けどもう やめよう”から感情が落ち着いてくる。そして最後は日記を閉じる。SOTAが書いてきたその一連の歌詞の流れが僕も凄く好きなんですよ。
──“僕をどうしたくて/君は目の前にいないんだろう”なんて、失意の極北にある姿をこれほど端的に表した歌詞もそうはないですよ。
MORO:そこはまさに号泣ですよ。本当に素晴らしい。
──そもそも、バンドでこれほど長い曲は初めてですよね?
SOTA:そうですね。意図的に長い曲は作らないという決め事がアーチンにはあって、目安としては3分間前後の楽曲にこだわってやってきましたからね。「Diary」に関しては“ザ・バラード”みたいな曲を作ろうというコンセプトがあったので、時間が長くなるのも辞さなかったんです。ただし、それを7分もあるように思わせちゃダメなんですよ。長い曲だと思われないように歌詞の内容を吟味したり、メロディに強弱を付けたり、演奏も緊張感を維持するように心懸けたんです。
──これまでのアーチンの持ち味というのは、曲を聴くと思春期に感じた淡い恋心が蘇るみたいな部分だったと思うんですが、ここまで涙腺を刺激する直情的な表現は今までになかったですよね。
MORO:なかったですね。それもメンタル面での意識の変化が大きかったんですよ。腰を落ち着けて5人で作品を作るぞという決意があったからこそ細部にまでこだわれたと思うし、こだわるためにはどうすればいいかをゴールするまで突き詰めに突き詰めましたから。どの曲もそうですけど、やっぱり今のこの5人だからこそ作れたんだと思いますね。従来通り4人+サポートのキーボードという編成だとしたら、「Diary」のような曲は絶対に出来なかったはずです。仮に曲は作れたとしても、演奏は全然違うものになったでしょうね。
メンバー同士の絆の深さが音にも表れる
──2年以上も前にシングルとして発表した「One minute SNOW」を今回新たにレコーディングして、アルバムの最後に収めたのはどんな意図からなんですか。
MORO:「One minute SNOW」は、バンドが積み重ねてきた歴史の片鱗を垣間見られる曲と言うか、年を追うごとにその時点でのバンドの空気感や置かれている状況、メンバーの気持ちとかがライヴで一番よく出る曲だと以前から思っていたんですよ。ライヴではかれこれ3、4年やってる古い曲で、歌や演奏のアプローチがその時々で変化し続けてきたんですよね。今回のフル・アルバムに入れようと考えた時も、シングルの音源をそのまま入れるのではなく、今の自分達が演奏する「One minute SNOW」を入れたほうが絶対にいいと思ったんです。
──シングル・ヴァージョンだとエンディングに“Merry Christmas”と唄われる部分が、本作の新録では“wish your happiness”と唄われていますね。
MORO:シングルの時はクリスマス限定の曲にしたくて、エンディングの歌詞を“Merry Christmas”にしたんですけど、今回は元に戻した感覚なんですよね。本来はこのアルバムに入れた感じの歌詞とアレンジで、冬のある1日を切り取った曲だったんですよ。
──「One minute SNOW」をシングルとして発表した以降にバンドの試行錯誤が始まったので、その意味でもこの曲の新たなヴァージョンでアルバムが締め括られるのは感慨深いものがあるなと思ったんですが。
MORO:そうですね。この曲がアーチンにとって一番の代表曲だと言われることも多かったし、満を持してバンド名を冠したフル・アルバムを出すのであれば、最高の形の「One minute SNOW」をそこに入れるべきだと思っていたんですよ。今回のヴァージョンには凄く満足していますね。
──それと、本作では見落とされがちかもしれませんが、先行シングルだった「存在音」の文字通り強い存在感はやはり特筆すべきものがありますね。
MORO:「存在音」は幹の太い曲ですからね。でも、それを凌駕するような曲をこのアルバムには入れたいと思ってたし、何よりもスッキリしたのは“アーチン・ファームの音楽とはこういうものだ!”というのをちゃんと提示できたことなんです。マルも入って5人体制になって、バンドの第2章をここから始められるぞという意識が凄く強いんですよ。
──確かに。他の皆さんはどうですか。
SOTA:タイトルを『URCHIN FARM』とするのに相応しいアルバムになったと思うんですよ。今回は今までみたいに不完全燃焼感がなくて、やり残しは一切ないというところまで自信を持って突き詰められた手応えがあるんです。
TETSUYA:全く隙のないアルバムを作れましたよね。四の五の言わず、とにかく聴いて下さいって感じです。それでどう思うかは聴いた人次第で、自分達としては凄くいいものを作れた満足感でいっぱいですから。
SHITTY:このアルバムがあれば、もう他のバンドの音楽なんて聴かなくてもいいんじゃないですかね?(笑) そんな1枚が出来上がったんじゃないかっていうことと、あとは…俺最高! っていうことですね(笑)。
○貴:今まではサポートという立場でしたけど、正式にバンドに入ることによって自分に何ができるか? このバンドには何が必要なのか? というのをずっと考えていたんですよ。僕のほうから「アーチン・ファームの音を変えていこうよ」とは一度も言わなかったんですけど、結果的には凄く変わったと思うんです。自分としてはただ純粋にいいアルバムが作れたと思ってますけどね。
MORO:マルが言うように、やっぱり凄く変わったんですよ。バンドは人間力がものを言うと言うか、単純に音が良かったり演奏が巧くても成立しないというのはバンドを始めた当初から感じていたんです。メンバー同士の繋がりの厚さや絆の深さが音楽性を向上させていくものだと思うし、メンバーだけですべてを切り拓いていく力が重要なんですよ。それがサウンドにも如実に表れますから。メンバーを1人増やすことはそれなりに覚悟の要ることだし、互いが互いを欲していない限り成り立たないんですよね。関係性がイーヴンじゃなければダメなんです。マルはその資質を充分に満たしていたし、彼の持ってくるピアノのフレーズがバンドとして一番欲しかったブレない幹を形作ってくれたんです。だから、彼と一緒にバンドをやれるようになって本当に良かったと思ってるんですよ。
──「MUSIC」に“「音楽」の定義は音を楽しむこと/でもそれが出来ない時に僕等から言えるのは/音で楽になろう/それも「音楽」だ”という歌詞がありますけど、誰よりもまず音で楽になれたのはバンド自身なのかもしれませんね。
MORO:うん、そうですね。悩み続けてきた部分や苦しんできた部分もたくさんあったけど、そこを乗り越えてきて本当に良かったと今は思ってます。こうして自分達が心底いいと思えるアルバムを完成できましたからね。
──今のこの5人の演奏でこれまでのレパートリーをライヴで聴いてみたい気もしますね。
MORO:それはよく言われるんですけど、このアルバムに収めた13曲しか自分達の曲じゃないんだくらいのイメージで今はやってますね。このアルバムこそがアーチン・ファームなんだというところから始めようと思ってます。それが一段落したら今までの曲を5人でリアレンジしてもいいかな、と。当分はこの『URCHIN FARM』というアルバムを表現しきることに特化していこうと考えているんですよ。