音楽を聴いていて楽しいのは、勝手にいろいろな場面を頭の中で想像できるところです。例えば、誰かのアルバムを聴きながら、頭の中で物語や映画を一本創造するなんてこともできます。そのように自分で創造したものが、音楽を作った人の意図していない、まったく関係ないことであっても、それは聴いている側の勝手のような気がします。
たまに、「このように聴いてほしい」とか言っている方がおりますが、聴いている側は、鼻くそをほじったり、小便をしながら聴いていても良いのです。
一方で、メッセージ性が強かったり、歌詞が強烈だったりすると、そのような勝手な創造は、難しかったりします。真剣に聴くと疲れてしまう場合もあります。でも、わたしは、そのような音楽を全部が全部嫌なわけではありません。素晴らしいものもたくさんあります。だから、そのようなものを聴くときは、正座をして、しっかりメッセージを受け取ればいいのです。
少々頭のぶっ飛んだ友達の弟は、クラシック音楽が大好きで、ワーグナーを聴きながら、都会を歩いていても、霧のかかった深い森の中を歩いているような気分になると話していました。
そんなこんなで、『Mr.Boo!』という映画があります。香港の喜劇俳優、マイケル・ホイが扮する、おバカなキャラクターが主人公で、シリーズ化までされ、わたしの子どものころは大人気でした。テレビでも頻繁に放映されていて、特に、吹き替え版が最高でした。『Mr.Boo!』は、広川太一郎が吹き替えをやっていて、これがとんでもなく面白い。
あるときわたしは、Hair Stylisticsの『Dynamic Hate』を聴きながら歩いていました。そして、ある曲が流れてきたとき、まるで自分が、Mr.Booになって、裏路地を歩いている気分になってしまったのです。
流れていたのは、「Bonito's Body Disappeared Slowly」という曲で、これを聴きながら、わたしは、吹き替え版の広川太一郎みたいに、目にするものをすぐさま言葉にしていました。「おっとっと素敵なお姉ちゃんじゃないの、豹みたいだけど、段差につまづいて、ころんじゃったりなんかしちゃったりして」などなど。とにかく、気分はもうMr.Booで、どんどん自分が馬鹿になっていく感じ、でも馬鹿になっていくことの心地よさがあるのでした。このように、素晴らしい気持ちにさせてくれる『Dynamic Hate』、27曲も入っているから、皆様も、お気に入りを見つければ、何者かになれるかもしれません。
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。