想い出の音楽番外地 戌井昭人
以前もこのコラムで書いたのですが、夢の中で、ヴァン・モリソンの「ワイルドナイト」を熱唱していたことがあります。それも、わたしは英語なんて喋れないのに、完璧な英語だったのです。さらに大声で唄っていて、自分のその声で目を覚ましたのです。「いったいどうしたことだ?」と思いながら、もしかしたら、突然英語が喋れるようになっているのかもしれないと思い、CDをかけながら、ヴァン・モリソンと一緒に「ワイルドナイト」を唄ってみたのですが、まったく唄えませんでした。夢とはなんとも不思議なものです。
それにしても、日常がコロナウイルス野郎のせいでとんでもないことになっております。ライブハウスのコラムに書かせていただいている身の上ですが、本当にライブハウスは大変だと思います。どうか踏ん張ってください。
こんな感じの世の中なので、「生で音楽を聴きたい!」「ライブを観たいよ!」と思っている方も多いはずです。わたしもそんな一人で、家で音楽を聴く機会はやたらと増えているのですが、いろいろ聴くほどに、やはり生は良いもんだ、ライブに行きたいという思いがつのっていくのでした。
そんな中、最近やたら早寝早起きになっていて、先日は、ベッドに入って、「ああ、どんなのでも良いからライブに行きたいよ」と思いながら眠りにつきました。すると、その後、奇跡が起きたのです。なんとわたしは、大滝詠一さんのライブ会場にいたのです。それも大ホールではなく、小さなライブハウス(たぶん小滝橋通りにあった新宿ロフトくらいのサイズ)でした。さらに客は10人くらいで、大滝さんは、ギターを持ってセンターに立ち、バックバンドを従えていました。バンドメンバーの顔は見えなかったけれど、わたしは、なんとも贅沢な時間を堪能させていただいたのです。
ライブでは、なんの曲をやったのか、はっきり覚えてないのですが、目を覚ましたとき、「ああ、良いライブだった」という満足感すら湧いてきました。たしか、「君は天然色」をやっていたと思うのですが、こればっかりは夢の中なので定かではありません。
そんなこんなで、あの感動を忘れたくないと思い、それ以降は、大滝詠一さんの曲ばかり聴いている次第です。でもって今回、大滝詠一さんのアルバムを紹介しようとしたものの、いろいろありすぎて、どれが良いのかわからなくなっている始末なのですが、このご時世、音楽を聴いている間だけは、楽しい気分になりたいということで、「レッツ・オンド・アゲイン」もいいのですが、昨日、一日中聴いていた『Niagara Moon 30th Anniversary』を紹介したいです。どの曲も楽しくて最高。「三文ソング」「論寒牛男」、そして「福生ストラット(パートⅡ)」を聴きながら、無駄に町をウロウロできる日が、とっとと戻ってくることを望むのでした。それまで、『Niagara Moon 30th Anniversary』を聴きながら、陽気にパワーを貯めておきましょう。
戌井昭人(いぬいあきと)1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。