想い出の音楽番外地 戌井昭人
このコラムでは、眠れる音楽をけっこう紹介してきました。ハワイアン・ミュージックとか、KLFの『CHILL OUT』など、さらに、いまだに自分でもよくわからない『キャット・ナッパー』などという睡眠音楽も紹介したことがあります。
しかしながら、実はこの2年間、そのように眠れる音楽なんて、あまり効果がない状態に、わたしは陥っていました。どうしてかといえば、今住んでいる家が幹線道路沿いにあって、車やトラック、オートバイ、たまに暴走族なんかの音で、朝から晩まで、夜中は特にうるさく、平穏な音楽を聴いていても、たいして落ち着かなかったのです。
このような状況は、幹線道路に近いので、引っ越す前から想定はしていたけれど、それよりも困ったことに、家が揺れるのです。
これは引っ越してみてわかったことですが、引っ越した初日、机に向かって仕事をしていると、揺れたので、「あっ地震だ」と思っていました。しかし、その日は、やたら揺れるので心配になり、「なんか今日はヤバイぞ、地震多すぎだ」と思っていたのですが、ニュースでは、地震があったことなどまったく流れませんでした。そこで、おかしいと気づき、ようやく家が揺れていると判明したのです。
このように始終揺れている家なので、現在では、震度3くらいの地震がきても、まったく驚かないし、もう勝手に揺れていろといった感じです。
そこで、揺れと騒音の過酷な睡眠環境において、以前にも増して、眠れる音楽を探ってみたのですが、なんせ騒音が酷いので、相当なボリュームにしなくてはならず、しっとりした音楽でも、眠るときに聴いているとうるさくなってきます。そこで、こうなったらヤケだと、インダストリアル・ミュージックを流してみたこともありますが、音楽にリンクするように家がガタガタと揺れ、相乗効果は抜群ですが、まったく落ち着きません。
でもって、最終的に行き着いたのが、水の音でした。世の中には、いろいろな水音サウンドがありますが、後ろで変なオルゴールとか、優しいピアノ音が重ねられているのが多い。でも、この『癒しのウォーター・サウンド 〜The Sounds Of Water〜』は、あくまで水音メインです。民族楽器のようなものが演奏されていたり、鳥の鳴き声が聴こえる曲(曲なの?)もあったりしますが、そっちに寄りすぎてないのも良い。特に、「rain」と題名のついたものは、ただ雨が降っているだけで、向こうで雷鳴が聴こえます。
このように、降りしきる雨音を聴きながら、揺れる家の布団の中、わたしは、よくわからない眠りについていたのです。
そんなこんなで、もうすぐ引っ越すことが決まり、ようやく、揺れる家を脱出することができるので、次の家では、またしっとりした音楽を聴きながら眠りたいものです。
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。