中校生のころ、年末の忙しい時期は、祖父が営んでいた八百屋を手伝っていました。店には、レジの横にラジカセが置いてあって、相撲中継が流れていたり、『小沢昭一の小沢昭一的こころ』が流れていたりで、いつもラジオを聴いていたのです。
八百屋には、アルバイトをしていた田中くんという学生がいました。北関東出身で、前歯が欠けていて、ちょっとダラしない感じの人でした。あるとき、田中くんが、店にあるラジカセの、まったく使われていなかったカセット部分に、カセットをつっこんで、プレイボタンを押しました。「なんだい、ラジオ止めちゃって」と思い、田中くんの雰囲気からすると、どうしようもないアイドルソングでも流しはじめるのだろうと懸念していたのですが、流れてきたのは、英語の歌詞で、のんびりした楽曲だったのです。田中くんは、わたしを見ると、「ザ・バンドっていうんだ。俺が一番好きなバンドだ」と得意気に教えてくれました。「バンドで、ザ・バンド? なんだそりゃ?」と思いましたが、そのとき田中くんがカセットで流したのが、ザ・バンドの『THE BAND』でした。
以降、田中くんに影響され、店を手伝っているときは、田中くんの持ってきたカセットで、ザ・バンドばかり流していました。
そんなこんなで、いまでも、ザ・バンドと野菜の相性は、とても良いと思っています。とくに根菜類、泥のついた芋を眺めながら、ザ・バンドを聴くと、とてもしっくりきます。他にも、カボチャとか里芋も、ザ・バンドっぽいです。さらに、ザ・バンドのジャケット写真のメンバーは、まるで芋掘り作業をした後みたいな人たちではないですか。
ですから、いまだに、八百屋の前に行くと、わたしの頭の中では、ザ・バンドが流れ、ザ・バンドを聴くと、八百屋を思い出すのです。
昨今、まだ寒い日が続いていますが、芋でも煮ながら、ザ・バンドを聴いてみれば、身も心もほっこりするのではないでしょうか。
その後、『ラスト・ワルツ』を観たとき、ロビー・ロバートソンが、インタビューに答えながら、「あっちょっと」といった感じで、飛んでるハエを手で捕まえて、灰皿に捨てるシーンがあったと思うのですが、あれが本当に格好くて、この人は、ギターも上手だけど、芋掘りなんかも、きっと上手なんだろうと思った次第です。
戌井昭人(いぬいあきと)
1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。