ジェフ・バックリィが亡くなった年に、自分は鉄割アルバトロスケットという、ヘンテコなパフォーマンス集団をはじめました。1997年のことです。
そのときは、自分が、新たに何かをはじめようとしていたときに、若くして、パッと死んでいってしまった彼を、なんだかズルいな、そして羨ましいなと思ったのです。
自分と、ジェフ・バックリィを比べたって、才能もろもろ雲泥の差があるので、どうしようもないのですが、当時の自分は、なんだか根拠のない自信があったので、そのように思ってしまったのです。お恥ずかしい、すみません。
ですから、ジェフ・バックリィのあの声を聴くと、当時の青臭い自分のことを思い出します。
最初にジェフ・バックリィを聴いたのは、それよりも数年前のことで、ニューヨークでした。
ニューヨークなんて、格好つけた感じで、申し訳ないのですが、街を歩いていたときに、レコード屋に入って、カセットで購入したのです。それは、『グレース』というアルバムが出たときで、お勧め商品として、棚に置いてあったのです。
自分は、カセットウォークマンしか持っていなかったので、カセットを買ったのです。そう時代は、まだカセットでした。そして、ウォークマンにカセットを突っ込んで、ニューヨークの街を歩いたのです。
そのときなんで自分がニューヨークに居たのかと申せば、好きな女の子がボストンに留学をしていて、なんの計画もなく、安い航空券を買って、会いに行ったのです。しかし、彼女と連絡が取れずに、ニューヨークで待機していたのです。携帯電話もメールもない時代だったので、公衆電話から、何度も寮みたいなところに電話をかけていたのですが、なかなか連絡が取れなかったのです。
その後、なんとか連絡が取れて、ボストンまで、女の子に会いには行ったのですが、結局、うまくいきませんでした。要は恋は実らなかったのです。そのときも、ボストンまで行く電車の中で、ジェフ・バックリィを聴いていました。このような、淡い想い出も、ジェフ・バックリィには詰まっているのです。
そんな、わたしの、青臭い時代と、淡い想い出の詰まったジェフ・バックリィなのですが、先日FMラジオをつけていたら、彼のあの声が聴こえてきたのです。
でもそれは、ジェフ・バックリィのアルバムでは聴いたことのない曲でした。「なんだこれ?」と思いながら聴いてたら、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの曲でした。
それでもって、調べてみたら、なんと、今年に入って、未発表音源が発売されていたということで、即購入したのです。これが、ジェフ・バックリィの『ユー・アンド・アイ』なのでした。
そして、彼の声を聴くたびに、やはり、おセンチな気持ちになってしまう自分なのです。でも、あの頃よりは、ちょっとマシになったような気もするのです。いや、たいして変わってないか。
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。他に『俳優・亀岡拓次』などの作品がある。