トチ狂った日本語というものは、そうそう聞けるものでありません。喫茶店やラジオなどでかかっている曲に「なに言ってんだ、この歌詞は」とか、思うことがあっても、それは、一応、日本語であって、言葉自体には、あまり問題はありません。ただ、その歌詞の内容に、ムカッとしたりするのです。
しかしながら、今回紹介するYAMASUKI SINGERSの『YAMASUKI』は、もう、歌詞なんてレベルをぶちこえてしまっている代物です。
わたしが初めて聴いたのは、ゴンチチさんのやっている、NHK-FMのラジオ番組、『世界の快適音楽セレクション』でした。そして、流れてきたときは、自分の頭が混乱してしまったのかと思いました。
このYAMASUKI SINGERS、あまり詳しいことはわからないのですが、アルバムが発表されたのは1971年らしく、これは、わたしの生まれた年だから、ずいぶん前のことになります。そして、どうも、ダフト・パンクのどちらかの、お父さんが企画、もしくは、プロデューサーらしいのです。
すべての楽曲は、フランス人が、耳で聞いた日本語を、無理矢理文字に起こして、それを歌詞にしてしまった感じです。途中、空手の先生の、雄叫びが入ってきたりもします。空手の先生は、どうも日本人らしいのですが、これもなんだかトチ狂ってます。
とにかくアルバムに入っている、曲名を連ねてみますと、「YAMASUKI」「AISERE I LOVE YOU」「KONO SAMOURAI」「YAMAMOTO KAKAPOTE」「OKAWA」「AIEAOA」「ANATA BAKANA」「SEYU SAYONARA」「YAMA YAMA」「FUDJI YAMA」「YOKOMO」「KASHI KOFIMA」といった感じです。これを無理矢理、日本語文字に変換してみます。ちなみに、ライナノーツや曲名には、日本語の変換はありませんので、これは、わたくしの独断変換です。「山好き」「あいせれ アイラブユー」「この侍」「山本かかぽて」「小川」「あいえあおあ」「貴方、馬鹿な」「せゆ サヨナラ」「山、山」「富士山」「横も(たぶん横浜といいたかったのではないか)」「貸しコフィマ」。
もう書いているだけで、頭が混乱してきてしまいますが、これらすべての楽曲が、子どもたちの合唱で歌われていくので、聴いていますと、さらに混乱してしまうこと、必定です。
そして、それは、とても楽しい体験になると思います。
たとえば、外国に行ったとき、まったくわからない言語であるけれど、彼らの喋っていることを、すべて、カタカナ日本語に、頭の中で置き換えて、「これは日本語だ、日本語なんだ」と思いながら、聞いていると、彼らが、とんでもなく、変な日本語を喋っているような気がして、大変面白くなったりします。この『YAMASUKI』は、そんな感じです。
すべての面白いことは、勘違いからはじまったとすら思えてきます。そして、その勘違いの素晴らしさを、じゅうぶんに体現させてくれます。
profile
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。他に『俳優・亀岡拓次』などの作品がある。