旅行中は、普段よりも音楽を聴きます。朝起きるときは、目覚まし機能で音楽を流します。移動するときは、イヤホンを耳に突っ込みっぱなし、眠るときも音楽を聴きながら、いつのまにやら眠っていることが多いです。
そして、出発前は、色んな場面を想定して、iPhoneに音楽を入れていくのが楽しみのひとつであります。
先月、わたくしは、モロッコを2週間旅行してきました。目的は、ブライアン・ジョーンズが訪れて、村の音楽を録音し、アルバムになった、あの「Joujouka(ジャジューカ)」の村に訪れることでした。そしてジャジューカのフェスティバルに参加して、3日間、ジャジューカ三昧で過ごしてきたのです。フェスティバルは、先着で限定50人参加できるもので、村には世界各国のジャジューカ好きが集まっていました。このフェスティバルがとても素晴らしかったわけなのですが、今回、紹介するのは、ジャジューカではありません。
わたくしは、フェスティバルが終わってから、ひとりで、タンジェ、マラケシュ、エッサウィラ、カサブランカとモロッコ国内をぶらぶらしていたのですが、毎回、朝起きてから、次の町まで移動するとき、バスの中、電車の中で、必ず聴いていた音楽があります。それが、池間由布子さんの『しゅあろあろ』です。
とにかく、このアルバム、素晴らしい。池間さんのライブは何度か行ったことがあるのですが、これまた素晴らしい。どういうわけだか、池間さんの歌声を聴いていると、60年代ニューヨークのイーストビレッジにいるような気分になってきます。でも自分は、その時代のことが詳しいわけではありません。といって、池間さんが、アメリカンな雰囲気を醸し出そうとしているわけでもありません。むしろ、その歌詞は、気取りのない日本語がちりばめられていて、これまた素晴らしいのです。変に格好つけたことを唄っているわけでもない、むずかしいようなことを唄っているわけでもない、頑張れ頑張れ言ってくるわけでもない、それでも、なんだか、ジーンと沁み渡ってきます。
この『しゅあろあろ』、まずは「拝啓、朝」という曲からはじまります。この曲が、旅行中の、朝の移動にぴったりなのでした。モロッコでは、ジャジューカ村でものすごいリズムとかうねりを経験し、その後、町で流れるアラブ音楽や、けたたましいグナワ音楽にまみれていました。もちろん、好き好んでモロッコに行っているわけですから、それが、嫌いではないのですが、あまりに浴びていると、疲れてくるのです。とくに朝っぱらから、「ジャンジャンプププ〜」と、やられては、まいってしまいます。
そこで、わたしは、イヤホンを耳に突っ込み、『しゅあろあろ』の1曲目、「拝啓、朝」を聴きながら、朝を取り戻していくのです。2曲目は、「なんとなく生きていては」という、これまたとんでもない名曲です。最初の歌詞は、こんな感じ、「頭すくめて、とぼとぼと歩く、しびれた空気を、奥歯で噛んで、なんとなく生きていては、いつまでも死ねない、ん〜」、これを聴いて、わたくしは「よっし、今日も、なんとなく生きていかないようにするぞ」と、1日のはじまりに喝を入れて、しばし、イヤホンを外して、窓の外に流れる、異国の朝を眺めるのです。
profile
戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。他に『俳優・亀岡拓次』などの作品がある。