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8回「区別と差別」

第68回「区別と差別」

2025.06.09

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Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

何かを一括りにし、内側の事実を見ようとしないなら、それは区別ではない。ただの差別だ。

 猫を連れて動物病院に行った日のことだ。
 うちの猫はキャリーバッグの中で完全に石像になっていた。顔を覗き込んで話しかけても、完全に無視。まぁわかる。人間だって、病院なんて無理やり連れていかれる場所の中で、警察の次に嫌な場所だと思っている。
 「動物病院だから俺には関係ない」と割り切れたら、どれだけ楽だろう。でも、彼女は大切な家族だ。苦しんでいる姿は見ていられない。
 
 その待合室で、隣に犬がいた。小さくて、ふわっとした毛並みで、ちょこんと座っている。飼い主がスマホをいじっている間も、ずっと落ち着いていた。
 「犬ってやっぱり賢いな」と軽く感動するくらいだったのだが、その犬と目が合った瞬間、なぜかこちらが動揺した。
 犬は何も言わない。ただ、じっとこっちを見ている。問い詰めるようでも、見下すようでもなく、静かに、真っ直ぐに、つぶらな瞳で見つめてくる。
 そのとき、柄にもなく、こう思ってしまった。
 「う〜ん、可愛い」
 
 昔の俺が見たら信じられないだろう。
 犬は苦手だった。というか、怖かった。子どもの頃に噛まれた記憶が染みついていて、犬という生き物は「いつ牙を剥くか分からない存在」として、脳内で危険マークをつけていた。
 でもそのとき、その犬は、ただそこにいた。まるで「遊ぼうよ」とでも言いたげに、無邪気に俺を見ていた。攻撃も、警戒もない。その視線からは、逃げる気がしなかった。
 
 アメリカをツアーで回ったときのことを思い出す。
 どこの家にも犬がいた。庭にも、リビングにも、玄関にも。防犯的な意味合いもあったのだろうが、それにしてもフリーダムだった。
 「アメリカは自由の国というが、犬までこんなに自由なのか」と、ガキの頃に友人の家にいた犬たちの、鎖に繋がれた姿を思い出し、日本との違いを如実に感じる。
 放し飼いというよりは、家族の一員。玄関を開けると、必ず犬が出迎えてくる。犬が苦手な自分にとっては逃げ場がなかった。
 最初は警戒していたが、泊まる先ごとに犬と過ごすうち、気づけば慣れていた。
 朝起きたら足元で寝てる。なんなら顔を舐めて起こしてくる。自分の寝場所であると思われるソファーで寝ていたら、夜中に「クゥ〜ン」と悲しげな鳴き声でも起こしてくる。ソファにいれば隣にも座るし、何かにつけてそばにくる……なんだこれ、めちゃくちゃ可愛いじゃないか。まぁ中には吠えてくる犬もいて、そんな時には一気に、あのガキの頃の噛まれた記憶は蘇るのだが……。
 
 しかし、そのうち、「あ、この子は俺のことを怖がってないんだな」と思うようになった。
 同時に「俺も、もう怖がってないな」と気づいた。
 そうやって、一匹ずつ「犬」が「個」になっていった。
 昔の俺は「犬は怖い」「犬は無理」と、すべてにラベルを貼っていた。でも本当は、目の前にいるのはいつも違う「ひとり」だった。
 目を向けることで、ようやくその存在を感じられることがある。
 目を逸らし続ければ、相手は漠然とした「何か」のまま、ずっと意識の外側に追いやられてしまう。
 
 俺がしていたのは「区別」ではなく「差別」だった。
 過去の一件を理由に、すべてを一括りにして遠ざけていた。
 目の前にいる「個の存在」を見ようともせず、「犬はこういうもの」と決めつけていた。
 本来、区別とは「そのひとり」「個」を見る行為によって違いを理解し、尊重することだ。
 だが、差別は違う。違いを排除の理由にして、下に見て、ラベルで処理して済ませる。知ろうともしないまま「こういうもの」と片づけてしまう。
 
 この区別と差別の違いは、社会でもしばしば混同される。
 差別する者の常套句で「差別ではなく区別だ」と言う場面を、死ぬほど見かけてきた。
 だが、本当にそうか?
 
 区別は、合理的な違いに配慮することだ。たとえば、大人や子どもなどの、身体の大きさに応じて医療対応を変える。視覚障がい者向けに点字を設けるなど、違いを認めたうえで、誰もが尊重される方法を選ぶ。
 一方で、差別は主観や偏見、恐怖や無知に基づいて、違いを理由に不当な扱いや排除を行なう。その違いを混同し、都合よく置き換え「区別だから仕方ない」と言い訳をする。
 本当にその違いを知ろうとしているか?
 何かを一括りにし、内側の事実を見ようとしないなら、それは区別ではない。ただの差別だ。
 
 外国人、高齢者、障がい者、在日コリアン、LGBTQ+、被差別部落、死刑囚、犯罪者、ホームレス、生活保護受給者、家畜動物、あの国、この宗教、男、女、etc......。
 世の中には、無数のラベルが貼られている。そして、それを貼ることで、安心して、無関心でいられるようにしている「ひとり」の「個」である「ヒト」が多すぎる。
 見なくてもいいように。感じなくて済むように。
 しかし、それで本当にいいのか?
 それでこの世の中で起きている悲惨な出来事が、なくなると思えるか?
 たとえそれが、自分の偏見であっても。自分の中にある、変わらなければならない事実であっても、向き合うしかない。逃げずに、目を合わせるしかない。
 
 動物病院で目が合った犬のまなざし。
 アメリカで無邪気に寄ってきた、あの犬たち。
 どの命も、ただそこにいるだけだった。敵意もなく、ただ目の前にいるだけだった。
 それを、自分の記憶や恐怖で遠ざけていたのは、俺のほうだった。
 
 そして今も、同じようなことがこの世界に溢れている。
 区別という言葉を盾に、差別を正当化していないか?
 その違いは本当に、合理的で、公正で、尊重を含んでいると言えるのか?
 区別と差別の違いを、もう一度、心で考えてみたい。
 
 英語の“MASSACRE”(大虐殺/皆殺し/無差別殺戮)と“SLAUGHTER”(虐殺/殺戮/屠殺)の違いは、区別なのか差別なのか?
 俺には理解できない。そこに違いを見つけるならば、それこそが差別そのものであると感じる。
 
【追記】
 CONFLICTのボーカリストであり、反権力・反差別・動物解放の声を最前線で叫び続けた Colin Jerwood がこの世を去りました。
 Colinの声は、ただの叫びではありません。その類稀な素晴らしいサウンドと共に、暴力の構造で虐げられる生命たちの怒りを代弁し、世界に叩きつけ、命の価値を深く問い直す意味を教えてくれた存在でした。
 Colinの命へのまなざしと告発は、40年以上経った今もなお、色褪せることがありません。
 Colinが遺したメッセージと声は、今もこの世界のどこかで、誰かを奮い立たせています。
 心から、ありがとう。あなたに出会えてよかった。そして、安らかに。

CONFLICT『SLAUGHTER OF INNOCENCE』(無垢なる者たちの虐殺)

禿げかけた男は座って、次の一手を練っている
その住宅ローンは彼の首にぶら下がり、今ではまるで首縄のように感じられる
新しいガス代の請求書──ああ神よ、彼はなんて気分が悪いんだろう
彼が拒めない子どもたち、それが彼の感情的な成功
 
彼は固定観念に縛られた男だ;世界の重荷は彼の手の中にある
彼はどうしても道理を理解できず、だから決して理解することはない
彼の言うことを、誰もほとんど聞こうとしない
人々はただ礼儀正しく微笑んで、それから一斉に背を向ける
 
息子は池のそばに立ち、自然という創造物を観察している
母親は夕食を準備中で、ベーコンを焼く匂いが空気を汚している
犬は座り、主人が吠えると、愛情深く車に飛び乗る
彼は手を振り、感情を込めて微笑む──彼らがきっと成功するという保証のように
 
賭け金が上がる;それぞれの飼い主が計画を明かし、男たちは互いを誘惑し、餌をまき、金が手渡される
動物への愛は、今や唸り声をあげる憎しみへと変わり、口輪は外され、毛は逆立つ
彼は木製の柵の向こうからにやりと笑い、みすぼらしい自分なりの称賛を叫ぶ
 
歯が裂き、血が遊んでいた幼い子どもの顔に飛び散る
彼女は嫌悪の声をあげるが、父親はもうその言葉に何の反応もしない
狂気に駆られ、激情の渦に突き動かされ、手足は引き裂かれ、皮膚は剥がされる
のぞき部屋の性倒錯者のように──これこそが究極のポルノだ
 
目がにらみ合う。獣と主人。どちらも動物、狂い果て、疲弊している
ここで本当の勝者になれるのはただ一体──その結果は今や明らか
かつて毛皮が守っていた箇所に歯形が露わになり、肉は切れ切れに垂れ下がる
顔はしかめっ面になり、拒絶された肉の切れ端があらわにされ、選び取られる
血と唾液が飛び散り、それが命の燃料になる
主人と従者が、儀式的な犠牲を分かち合う
 
禿げかけた男は座って、次の一手を練っている
その住宅ローンは彼の首にぶら下がり、今ではまるで首縄のように感じられる
新しいガス代の請求書──ああ神よ、彼はなんて気分が悪いんだろう
彼が拒めない子どもたち、それが彼の感情的な成功
 
彼は固定観念に縛られた男だ;世界の重荷は彼の手の中にある
彼はどうしても道理を理解できず、だから決して理解することはない
彼の言うことを、誰もほとんど聞こうとしない
人々はただ礼儀正しく微笑んで、それから一斉に背を向ける
 
息子は池のそばに立ち、自然という創造物を観察している
母親は夕食を準備中で、ベーコンを焼く匂いが空気を汚している
犬は座り、主人が吠えると、愛情深く車に飛び乗る
彼は手を振り、感情を込めて微笑む──彼らがきっと成功するという保証のように
 
賭け金が上がる;それぞれの飼い主が計画を明かし、男たちは互いを誘惑し、餌をまき、金が手渡される
動物への愛は、今や唸り声をあげる憎しみへと変わり、口輪は外され、毛は逆立つ
彼は木製の柵の向こうからにやりと笑い、みすぼらしい自分なりの称賛を叫ぶ
 
歯が裂き、血が遊んでいた幼い子どもの顔に飛び散る
彼女は嫌悪の声をあげるが、父親はもうその言葉に何の反応もしない
狂気に駆られ、激情の渦に突き動かされ、手足は引き裂かれ、皮膚は剥がされる
のぞき部屋の性倒錯者のように──これこそが究極のポルノだ
 
目がにらみ合う。獣と主人。どちらも動物、狂い果て、疲弊している
ここで本当の勝者になれるのはただ一体──その結果は今や明らか
かつて毛皮が守っていた箇所に歯形が露わになり、肉は切れ切れに垂れ下がる
顔はしかめっ面になり、拒絶された肉の切れ端があらわにされ、選び取られる
血と唾液が飛び散り、それが命の燃料になる
主人と従者が、儀式的な犠牲を分かち合う
 
Chat GPTで翻訳しました。
 
CONFLICT『SLAUGHTER OF INNOCENCE』
The balding man sits compiling his next move
That mortgage hangs around his neck, now feeling like a noose
The new gas bill, oh God, how bad he feels
Those kids he can't reject, his emotional success
 
He's a man of set opinion; the weight of the world sits in his hands
He just cannot seem to reason so he will never understand
They just won't listen to hardly anything he says
They simply smile politely, then with one accord turn away
 
A son stands at the pond observing the creation that is nature
Mother prepares dinner, roasting bacon taints the air
Dog sits as master barks, then leaps lovingly into the car
He waves and smiles emotionally, his assurance that they will go far
The stakes rise as each owner unfolds plans, men tempt and bait each other, money exchanges hands
Animal love now snarling hatred, muzzle unlocked hair raised
He smirks from behind the wooden fence and shouts his destitute his praise
 
Teeth tear, blood splashes the face of a young child playing
She cries out in disapproval but daddy's now immune to what she is saying
Driven mad and into frenzy, limbs torn, skin is shorn
Like sex perverts at their peep show, this is the ultimate in porn
 
Eyes glare. Beast and master. Animals both, crazed and weary
There can only be one real winner here; the results are now seen clearly
Teeth marks bare where fur once protected, flesh hangs dangling in shreds
Their faces grimace rejected strips of meat exposed, selected
Bloodstains and saliva splatter the fuel of precious life
Master and servant segregate the ritual sacrifice
 
The balding man sits compiling his next move
That mortgage hangs around his neck, now feeling like a noose
The new gas bill, oh God, how bad he feels
Those kids he can't reject, his emotional success
 
He's a man of set opinion; the weight of the world sits in his hands
He just cannot seem to reason so he will never understand
They just won't listen to hardly anything he says
They simply smile politely, then with one accord turn away
 
A son stands at the pond observing the creation that is nature
Mother prepares dinner, roasting bacon taints the air
Dog sits as master barks, then leaps lovingly into the car
He waves and smiles emotionally, his assurance that they will go far
The stakes rise as each owner unfolds plans, men tempt and bait each other, money exchanges hands
Animal love now snarling hatred, muzzle unlocked hair raised
He smirks from behind the wooden fence and shouts his destitute his praise
 
Teeth tear, blood splashes the face of a young child playing
She cries out in disapproval but daddy's now immune to what she is saying
Driven mad and into frenzy, limbs torn, skin is shorn
Like sex perverts at their peep show, this is the ultimate in porn
 
Eyes glare. Beast and master. Animals both, crazed and weary
There can only be one real winner here; the results are now seen clearly
Teeth marks bare where fur once protected, flesh hangs dangling in shreds
Their faces grimace rejected strips of meat exposed, selected
Bloodstains and saliva splatter the fuel of precious life
Master and servant segregate the ritual sacrifice
 
 
◉CONFLICT(コンフリクト)は1980年代初頭から活動している英国の老舗ポリティカル・パンク・バンド。反戦、核兵器廃絶、動物保護など一貫して政治的・左翼的なメッセージを掲げている。「SLAUGHTER OF INNOCENCE」は1989年に発表された名盤『AGAINST ALL ODDS』に収録。さる6月3日、創設メンバーでボーカリストのコリン・ジャーウッド(Colin Jerwood)の死去が発表された。
 
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。
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