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3回「言い合う? それとも聞き合う?」

第53回「言い合う? それとも聞き合う?」

2024.03.04

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Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

他人を攻撃し蔑んで貶めてまで自己満足を得て、自分が正しいと主張するのが、そんなに大切か?

 先日久々に、東京都葛飾区小菅にある東京拘置所へ、友人の近況伺いに行ったときのことだった。
 ああいう特殊な環境に置かれた人間が、普段の変わりない生活をしている友人と会ったときには、限られた時間の中というのもあるが、かなりの勢いで話しまくる。それはそれは見事に、こちらから聞きたかったことなど言う暇もないぐらいのマシンガントークが炸裂する。
 だいたいあんな場所に会いに行くのは、気の置けない友人である場合が多いので、話したいことが山積みなのだろう。顔を見た瞬間から様々な思いが炸裂し、こちらが飽きることなど微塵もない。一方的に話を聞いている状況だ。
 ある程度話が落ち着くと、こちらからも少しは話ができるのではあるが、1つの話に対して3つも4つも、いやそれ以上かもしれないほど話が返ってくる。
 会話が途切れることなく20分ほどの時間はあっという間に終わってしまい、お互いの話の量に比率の違いはあるのだが、確実に言えるのは、お互いが話を聞き合っているという事実だ。
 
 自分が何年間もハマっていたのでわかるのだが、SNSの上ではほとんどが自分の意見を言い合うだけで、聞き合っている状況が見られないように思える。中には仲の良いもの同士で幸せなコミュニケーションをしている人たちもいるとは思うが、俺がやっていたときには、何かしらの揚げ足をとって吊るし上げ、自分の意見が正しいと主張する人間も多かった。俺もそんな中のひとりだったために、周りにはそういった投稿で溢れていたのだとは思うが、そんな世界に嫌気が差して、SNSから離れるようになっていった。
 
 動物の権利を主張した投稿をすれば、アンチから絡まれ言い合いになる。
 死刑反対の意見を投稿すれば、アンチから絡まれ言い合いになる。
 アンチの数が膨れ上がり、いわゆる「炎上」状態になってしまうと、もう手がつけられない。
 自分の思いを表現すると吊し上げられる世界であったし、俺自身も気にくわない意見を目にすれば、反対意見を述べていた。
 要するにただの自分だけが思う意見の言い合いで、相手の気持ちを汲み取ったり、理解したり、お互いの意見を聞き合うような世界ではなかったと思う。
 少しは相手の気持ちを汲み取ったりもしているのかもしれないが、SNSの特性というか性質というか、結果的には自分の意見を主張する場になっていたように思う。
 今思うと、ストレス探しのためのSNSだったかのようにも思えてしまう。自分が悪いと言えばそれまでの話なのだが、SNSから離れてみて、気分が良い事実はある。
 仲の良い友人であれば、会ったときにはいつも楽しい話はしているが、SNSから離れたため、俺自身が以前より話を聞けるようになり、聞き合う関係が構築できてきたのかもしれない。
 
 全く違うSNSの使い方というのはあるのだろうが、今思うと、あの殺伐とした絡み絡まれ、相手の意見を認めない、顔も見えない、名前もわからない、体温を感じない世界でよくぞそこまで言えるものだと思う。「だから言えるんじゃん」というのが当たり前なのか? だとしたら、やはり離れて正解だ。俺の住む世界ではない。
 実際、自分の意見を言い合うだけでは、確実に軋轢が生じて衝突もするだろうし、感情的になれば相手の思いを推し量ることもできないだろう。
 「俺が正しい」「私は間違ってない」と、いちいち事細かに正しさを主張してぶつけ合っていれば、その間は確実に嫌な気分になってしまう。
 言い合いになりその後理解し合い、さらに仲が深くなることもあるが、それは実際に面と向かって話した場合が多い。体温やその人の雰囲気の他にも、実際に触れ合い話すというのは、極力誤解を生まない方法だと思う。
 それができないための通信手段ではあるし、聞き合えないという相手も確実に存在はしてしまうが、それができる相手は「友人」と呼べる存在になるはずだ。
 
 俺がインターネットを始めたのが、2005年から2006年頃だったと思うが、その頃すでに存在していた言葉に「論破」という用語があった。それまで「論破」という言葉は弁論大会やディベートの席などの、言葉や弁論で対決をするような限られた場所で使われている専門用語だと思っていた。
 しかしインターネット上では、何か様子がおかしかった。屁理屈をこねくり回し、他人を貶めて攻撃し、自分を優位に立たせて逃げるための言葉のようになっていた。
 それまでにも1995年に起きたオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた後、連日メディアに登場していたオウム真理教緊急対策本部長であった上祐史浩の、言い訳がましい理屈で逃げ回る弁論を評して「ああ言えば上祐」と言っていたが、まさに「ああ言えば上祐」のような状況の場合に「論破」という言葉が新たな意味を持って使われ始めていたように思う。
 「論破」という言葉が現在のような使われ方をし始めてから、インターネット上や現在のSNSで相手を蔑み攻撃し、苦しみや痛みを与えて逃げる様を「論破」などと言ってまかり通る世界線になっていったのではないだろうか。
 
 他人を攻撃し蔑んで貶めてまで自己満足を得て、自分が正しいと主張するのが、そんなに大切か?
 相手の苦しみや痛みを自分のように感じ、寄り添って少しでも気持ちを汲めるほうが、生きていく上では大切だと思うのだが、それはただの綺麗事なのだろうか。
 自分以外の動物だって、刺されたら痛いし、死ぬのは嫌だってくらい簡単な話だと思うのだが。
 
 とは言っても、このコラムだってSNSで発信するわけだし、今の世の中SNSが中心で回っている世界線が基本になっているのはわかっている。だからせめて少しぐらいは、見ている人間がいるってことだけは理解したいものだ。
 
 世界では争いが無数に起きている。SNSのような個人の日常を呟いただけでも争いが起きている。
 争いばかりの世の中が、俺には楽しいと思えない。やられたら嫌なことをするよりも、されたら嬉しいことをしたほうが、話が通じ合う可能性は高い気がするのだが、俺は甘いのかな。
 そんな世界のほうが良くねぇか? 気分の良い世界にしたいなら、まずは自分がやってみる以外の方法があったら教えてくれ。
 気に入らない人間を叩いて貶めなければ、自分の正しさが主張できなかったり、嫌いな相手、憎い相手を蔑まなければ自分のアイデンティティが保てないなんて、自分が情けなくならねぇか? それが「論破」ってやつなのか? どう考えてもつまんねぇだろそれ。
 タイムマシンがあったら、SNSを頻繁にやっていた頃の俺に言ってやりたい。「お前それ、かっこ悪いよ」って。
 過去の自分を否定しているのではなく、過去の自分の認識だ。それができた今は「良かったな」と、心から思っている。今が大丈夫なのか不安ではあるが(笑)。
 
 誰かの争いを見るのが楽しいか?
 人を貶めたり卑下するのがそんなに楽しいか?
 傷つけ合いや殺し合い、反発し合って争うのがそんなに楽しいか?
 気に入らないものにまで従順になれと言っているわけではないし、切磋琢磨とは意味が違うよ?
 争いで変わるなら、この世界はもっと素晴らしくなっているはずだろう?
 争って何が変わった? 恨みが増え、憎しみが増え、悲しみが増えていくばかりじゃないか。
 この国は、拳銃所持率や殺人件数も低く、戦争も起こさないのに自殺者が世界でもトップクラスだ。このままじゃ世界有数の自殺大国の座は当分安泰だ。
 原因は定かではないが、漫画が原作でテレビドラマとなった『セクシー田中さん』の原作者である芦原妃名子さんの自殺も、SNSの影響があったという。過去にもSNSの誹謗中傷によって、プロレスラーの木村花さんが自殺してしまった事件もあった。たかがSNSで、人が死ぬなんておかしいだろ。
 
 どれだけ死んだら気づくんだ?
 どれだけ殺せば気が済むんだ?
 少しは自分のことのように感じられないか?
 世の中で腹の立つ事実は、相手の苦痛を無視する仕組みでできていないか?
 世の中が全部同じ構造で回っていないか?
 
 せめて少しでもいいから、自分の機嫌ぐらい自分でとれるようになろうよ。SNSじゃない方法だってたくさんあるって。探してみるのも楽しいかもよ? 
 拘置所みたいな所へ行ってしまったら、自分の機嫌は自分でとるしかないんだよ。犯罪を犯した人間でもやっているんだから、あなたにだってできるよ。
 俺の英語力の問題もあると思うが、SNSを頻繁にやっていた頃に、海外の友人たちの間では、ひどい投稿はあまり見られなかったと思う。SNSの酷さって日本人特有のものなのかな?
 もしそうだとしたら、日本人ってくらいね。

暗黒大陸じゃがたら『でも・デモ・DEMO』

あんた気にくわない
 
くらいね、くらいね
くらいね、くらいね
 
くらいね、くらいね、性格がくらいね、
くらいね、くらいね、性格がくらいね、
で、で、でも
で、で、でも
 
みんないい人、あんたいい人
いつもいい人、どうでもいい人
今宵限りでお別れしましょう
あんた大好き、彼女大好き
自分大好き、メチャクチャ大好き
今宵限りでお別れしましょう
せこく生きてちょうだい
せこく生きてちょうだい
せこく生きてちょうだい
せこく生きてちょうだい
見飽きた奴等にゃおさらばするのさ
見飽きた奴等にゃおさらばするのさ
見飽きた奴等にゃおさらばするのさ
するのさ、するのさ
するのさ、するのさ、するのさ
 
日本人ってくらいね、性格がくらいね
日本人ってくらいね、性格がくらいね
 
でも、でも、でも、でも
でも、でも、でも、でも
 
思いつくままに動き続けろ
思いつくままに飛ばしつづけろ
思いつくままに走りつづけろ
思いつくままにたたきつづけろ
思いつくままに壊しつづけろ
思いつくままに踊りつづけろ
思いつくままにしゃべりつづけろ
思いつくままにしゃべろ、しゃべろ、しゃべろ
思いつくままにただしゃべりつづけろ
思いつくままにしゃべろ、しゃべろ、しゃべろ
しゃべろ、しゃべろ、しゃべろ、しゃべろ
思いつくままにたたきつづけろ
思いつくままにしゃべりつづけろ
思いつくままに壊しつづけろ
思いつくままにたたきつづけろ
思いつくままにたたきつづけろ
思いつくままにたたきつづけろ
思いつくままにただしゃべりつづけろ
思いつくままに壊しつづけろ
あんた気にくわない!
あんた気にくわない!
 

◉JAGATARAは1979年活動開始、82年インディーでデビュー・アルバム『南蛮渡来』発売。インディー時代に中村とうよう、渋谷陽一らの高い評価を得、また江戸アケミの奇天烈なライブ・パフォーマンスとストレートな言葉、またパワフルなファンク・ロックに多くの音楽ファンの耳目をひく。89年4月にアルバム『それから』でメジャー・デビュー後、わずか7カ月の90年1月24日に江戸アケミが急死。バンドの解散と正に劇的な最後を遂げたが、彼らの音楽は色褪せることなく、新たなファンを獲得しつつ再評価されている。「でも・デモ・DEMO」は暗黒大陸じゃがたら名義の『南蛮渡来』に収録。
 
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。
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Laugh Til You Die 笑って死ねたら最高さ!

著者:ISHIYA(FORWARD/DEATH SIDE)
ISBN:C0073 978-4909852-44-1
発売日:2023年8月4日(金)
価格:3,000円(税抜)
判型:A5変形
頁数:472頁
発売元:株式会社blueprint

amazonで購入

【内容】
ISHIYAが自身の体験をもとにシーンの30年史を綴った書籍『ISHIYA私観 ジャパニーズ・ハードコア30年史』、1992年に34歳の若さでこの世を去った片手のパンクス・MASAMIの生き様に迫った『右手を失くしたカリスマ MASAMI伝』に続く、ノンフィクションシリーズの第3弾。
アメリカ、オーストラリア、韓国、カナダ、スウェーデン、フィンランド、チェコ、イギリス、イタリア、オーストリア、セルビア……FORWARD / DEATH SIDEのボーカリストとして、世界各国でライブを行なってきた男・ISHIYA。その半生は、ハードコアを愛する仲間たちとの熱い信頼に支えられたものだった──。
東京での無宿生活、ハードコアとの出会い、亡き友・CHELSEAと夢見た「世界制覇」の野望、初アメリカツアーの洗礼、連日続く狂騒のパーティー、人種差別の体験、極貧のオーストラリアツアー、隣国・韓国のパンクスと築いた絆、憧れの地・イギリスでの大失態、ニューヨークに刻んだ友の魂、そしてコロナ禍を経て訪れた未知なる東欧。かつては家さえもなく東京を彷徨い歩いていたパンクスが、バンドを通じて仲間たちと出会い、世界各国で精力的にライブを行なうアーティストになるまでを、当事者ならではのリアルな筆致で綴った一冊だ。タイトルの「Laugh Til You Die」は、DEATH SIDEの楽曲名をそのまま使ったもので、著者の生き様が表れている。
カバーイラストは、同シリーズではお馴染みとなった俳優・浅野忠信の描き下ろしで、ISHIYAらのツアーをイメージしたものとなっている。帯には大槻ケンヂが「なんてレアな読書体験なんだ。ワクワクする。ジャパニーズ・ハードコアパンクバンドの海外ツアーから見た世界の景色だぜ。そんなの他にどこでも読めやしない」と推薦文を寄せている。

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