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8回「事実の認識」

第48回「事実の認識」

2023.10.16

Cro-Mags - Best Wishes.jpg

Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

あなたには、この地獄絵図が他人事のように見えているのだろうか?

 いきなり自分の本の宣伝のようで申し訳ないが、2023年8月に株式会社blueprintから発売された自著『LAUGH TIL YOU DIE  笑って死ねたら最高さ!』にも書いているのだが、俺は子どもの頃に虐待されていて、小学校2年生の7歳という年齢のときに、ひとりで家出をした。同じ市内に祖父母が住んでいたため、そんな年齢でも家出ができて無事虐待から解放されたのだが、この虐待に遭っていた時期に、暴力による恐怖と痛み、精神的な苦しみというものを人生で初めて体験した。
 それから10代の思春期になると、運動部の部活や喧嘩などで怪我をしたので、痛みを多く経験した。中でも今やっているバンドの「ハードコアパンク」というジャンルが、日本ではそれはそれは恐ろしい暴力に満ち溢れた世界だった。
 こうした思春期から体験した痛みは、どうにか克服していったのではあるが、決して暴力による痛みが好きなわけではない。
 
 「痛み」には「苦しみ」がついてくる。怪我や病気で入院しても決して心地よいものではない。それはほとんどの人が理解できるであろうし、心地よいものであれば医者は必要ないし、治そうとも思わないだろう。
 身体的なもの以外に、精神的な痛みや苦しみもある。
 家族や愛するものとの別れ、搾取され続けた貧困による生活苦、肌の色や国籍、見た目の違いや障がいの有無など、様々な言われのない差別。
 在留資格のない外国人や、難民申請をしている外国人が収容される入管施設などは、ほぼ監禁と言える状況によって、多大なる精神的な苦痛がある。
 犯罪を犯した場合にも監禁、軟禁される環境に置かれるのだが、そういった苦しみは「罰」として機能し、今後犯罪を犯さないようにと作られたシステムだ。中には罰をものともしない猛者もいるようだが、しかしその罰は「冤罪」で全く何の罪もないのに苦しみを与えられる場合もある。
 ほかにも罰であるはずの刑務所のほうが、三食食えて雨風がしのげる生活だと自ら罪を犯し捕まるような、一般社会で生きるほうが苦しみや罰だという人間も何人か見てきた。出所するとすぐに犯罪を犯し、再び刑務所に入る。一般的とは真逆ではあるが、これも痛みや苦しみから逃れるための方法だ。
 
 痛みや苦しみは「避けるべきもの」として認識する。「もう二度とあんな痛みや苦しみを味わいたくない」という感覚を持つのが大部分だと思う。
 痛みや苦しみを理解できるからこそ、戦争や差別、貧困、搾取などに反対し、抵抗し、「何とかして変えていきたい」ともがき、そのひどい状況を訴える。
 多くの人々が、痛みや苦しみを伴う現実をなくしたい、変えたい、変わってほしいと願っているはずだ。
 俺の周りの友人と呼べる人間や、パンクスと言われる人間には、そうした他者の痛みや苦しみを自分のことのように感じられる人がたくさんいる。そしてそういった心やさしき愛に溢れた人間は、一般社会にもたくさんいるはずだ。
 
 政府や権力によって、痛みや苦しみが明らかに与えられるであろう場合には、デモや集会などで抗議する人間は多く、SNSで意思を発信したりするのも、痛みや苦しみは誰もが受け入れたくないものであるからだろう。
 実際に戦争状態の国家や、あまりにもひどい抑圧体制の国などであれば、痛みや苦しみから逃れるため、難民になって国外へ脱出する人々もたくさんいる。
 ベトナム戦争のときにはアメリカで反戦デモが多発し、戦争に影響を与えた。近年では日本でも、2011年の原発事故以降、多くの人間が官邸前に集結したりデモを行なったりしている。
 他者も含めた「痛み」や「苦しみ」を敏感に感じ、立ち上がり、意見を言い、行動に移す人間には見習うべき部分が多い。俺も何度か官邸前の集会やデモには参加したが、誰もが痛みと苦しみが起きるであろう未来に抗い、怒り、立ち向かい、声を上げ行動している姿は「変えなくてはいけない」という強い意志が感じられるもので、多くの勇気をもらえた。
 あの福島での原発事故以降、危機を目の当たりにしてようやく理解した人間も多いと思う。俺も如実に危機を目の前に突きつけられて実感し、自分の中に大きな変化が起きたのは、東日本大震災と原発事故からだったと思う。
 
 実際に事実を認識して理解すると、考え方や行動も変わってくる。原発爆発以降、都市部の電力供給のために原発という時限爆弾を地方に押し付けた事実を認識し、アメリカ軍基地を沖縄に押し付けている現実を理解し、現在の社会は結局、強者の快楽や欲望のために、痛みや苦しみを弱者に押し付ける構造で成り立ってしまっていると気づいた。
 世界の上位10%の超富裕層が世界全体の75%以上の資産を占め、世界中の貧富の差は拡大し、この日本でも経団連などの経済界を牛耳る一部の人間のために政策が決定される。
 ひと握りの人間の欲望のために、弱者は永遠に「痛み」と「苦しみ」に支配されて生きていかなければならないのか? そこに怒りや抵抗はないのか?
 
 まだ俺たちは声を上げられるだけマシだ。言葉も発せず、理解できない脳への障がいを持つ人や、病気で寝たきりの人、いくら泣き叫んで訴えても冷酷に無視され殺されていく動物たち。生まれたばかりの乳幼児も、泣き声以外に意思表示はできないし、その時点では様々な理解能力も非常に低いだろう。
 こうした声を上げられないものたちや、何の罪もなく葬り去られてしまうものたちが置かれている状況は「痛み」と「苦しみ」で虐げられる中でも、最も弱い立場だ。
 
 戦争、差別、貧困、搾取、全ては弱者に押し付けられる。弱者である俺たちが、さらに弱者に押し付けて、この痛みと苦しみで支配された世界が変わるとでも思うのだろうか?
 良いか悪いかではなく、まずフラットになり、客観的に日頃自分がやっている事実を認識してほしい。
 毎日欠かさず日常的に、自分が感じるものと同じ痛みや苦しみを与え続けて快楽を得ている事実は、自分自身が心から変えたいと願っている、ひと握りの人間のために、痛みや苦しみを弱者に押し付ける構造といったいどこが違うんだ?
 痛みと苦しみを感じ、愛があり、悲しみを持ち、喜びを感じて存在している生命と、自分自身のいったいどこが違うんだ?
 
 死にたくないと泣き叫んで訴えて苦しんでいる生命に、言われなき差別で殺されていく事実に、目を向けてくれないか? 耳を傾けてくれないか? 意識してくれないか? 少しでもいいから、その思いを想像してみてくれないか?
 大切なのは事実を認識することだ。そこで目を逸らすのか、直視して見つめ直し変化を起こすのか。全てはあなた自身にかかっている。
 9月も終わりだというのに、30度を超えるクソ暑さなのは、どう考えてもおかしいだろう。自分の首を締めているのが誰かぐらいは、考えてみようぜ。
 この国どころか、地球がもう限界に来ているんだ。
 あなたには、この地獄絵図が他人事のように見えているのだろうか……。

CRO-MAGS『DEATH CAMP(死の収容所)』

罪なき者たちへの組織的な虐殺
この地獄絵図が見えないのか
同情の心なき
日常の中の死の収容所
 
裁判なき死刑執行
しばらくそれについて考えろ
絶望の日、殺される運命が決まる
おまえの汚れた欲望を満たすためだ
 
裁判なき死刑執行
命に全く配慮せず
肉吊りベルトコンベアーが壁を飾る
まるでブーヘンヴァルト(ナチスドイツの強制収容所)
 
大量虐殺だと気付きもしない
お前にとって大事なのは隠れ蓑だけ
その無知により曇った精神のため
遥か彼方に置き去りにされた慈愛
 
その影響を知ることもない
壁を流れる血をおまえは決して見ないのだから
子どもの頃から条件付けられ真実は隠されてきた
嘘の連続に若者は毒され続ける
賢明になれ 心を開け
胸に手を当て考えろ
お前は本当に責任を負いたいのか
動物の残忍な屠殺に対して
 
▼Cro-Mags 1991+2002 John & Harley【DEATH CAMP】
翻訳監修:VEGAN JIMAKUさん
 

◉CRO-MAGSは、ニューヨークシティ・ハードコア史における最重要バンドの一つ。1981年結成。「DEATH CAMP」は、1989年にリリースされ、メタルとハードコアのクロスオーバーを確立させた2ndアルバム『BEST WISHES』に収録。
 
【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。
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Laugh Til You Die 笑って死ねたら最高さ!

著者:ISHIYA(FORWARD/DEATH SIDE)
ISBN:C0073 978-4909852-44-1
発売日:2023年8月4日(金)
価格:3,000円(税抜)
判型:A5変形
頁数:472頁
発売元:株式会社blueprint

amazonで購入

【内容】
ISHIYAが自身の体験をもとにシーンの30年史を綴った書籍『ISHIYA私観 ジャパニーズ・ハードコア30年史』、1992年に34歳の若さでこの世を去った片手のパンクス・MASAMIの生き様に迫った『右手を失くしたカリスマ MASAMI伝』に続く、ノンフィクションシリーズの第3弾。
アメリカ、オーストラリア、韓国、カナダ、スウェーデン、フィンランド、チェコ、イギリス、イタリア、オーストリア、セルビア……FORWARD / DEATH SIDEのボーカリストとして、世界各国でライブを行なってきた男・ISHIYA。その半生は、ハードコアを愛する仲間たちとの熱い信頼に支えられたものだった──。
東京での無宿生活、ハードコアとの出会い、亡き友・CHELSEAと夢見た「世界制覇」の野望、初アメリカツアーの洗礼、連日続く狂騒のパーティー、人種差別の体験、極貧のオーストラリアツアー、隣国・韓国のパンクスと築いた絆、憧れの地・イギリスでの大失態、ニューヨークに刻んだ友の魂、そしてコロナ禍を経て訪れた未知なる東欧。かつては家さえもなく東京を彷徨い歩いていたパンクスが、バンドを通じて仲間たちと出会い、世界各国で精力的にライブを行なうアーティストになるまでを、当事者ならではのリアルな筆致で綴った一冊だ。タイトルの「Laugh Til You Die」は、DEATH SIDEの楽曲名をそのまま使ったもので、著者の生き様が表れている。
カバーイラストは、同シリーズではお馴染みとなった俳優・浅野忠信の描き下ろしで、ISHIYAらのツアーをイメージしたものとなっている。帯には大槻ケンヂが「なんてレアな読書体験なんだ。ワクワクする。ジャパニーズ・ハードコアパンクバンドの海外ツアーから見た世界の景色だぜ。そんなの他にどこでも読めやしない」と推薦文を寄せている。

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  • おじさんの眼
  • ロフトレーベルインフォメーション
  • イノマー<オナニーマシーン>の『自慰伝(序章)』
  • ISHIYA 異次元の常識
  • 鈴木邦男(文筆家・元一水会顧問)の右顧左眄
  • レズ風俗キャストゆうの 「寝る前に、すこし話そうよ」
  • 月刊牧村
  • 「LOFTと私」五辺宏明
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