団地団が団地に対する偏愛をリレー形式で掲載していくコラムです。
団地団とは:大山顕、佐藤大、速水健朗、今井哲也、久保寺健彦の団地好きによるプロジェクト
今月の団員:久保寺健彦
ぼくは小学3年生から同じ学区の新設校へ移ったのだが、最近、2年生まで通った学校の同級生と飲んだとき、そこの卒業アルバムを見せてもらった。個人情報におおらかな時代で、生徒の住所や電話番号があたり前のように載っている。何気なくながめて驚いたのは、公団に住んでいた好きな女の子の部屋番号を、22号棟の202号室と記憶していたのに、実際には208号室だったことだ。30年以上も昔のことだから、それくらいは誤差の範囲内かもしれないけれど、こだわったのにはわけがある。一時期ぼくは彼女が住む公団へ、足繁く通っていたのだ。しかも、コスプレで。
調べたところ、転校した年の10月から『新・木枯らし紋次郎』のテレビ放映が始まっているので、そのころのことだろう。ぼくはニヒルな紋次郎の魅力にしびれ、なにからなにまで真似しようとした。妻折笠のかわりにキャスケットを目深にかぶり、長い爪楊枝のかわりに竹ひごをくわえた。竹ひごは口実をでっちあげて、母親にわざわざ買ってきてもらったものだ。丈の短さに目をつぶり、道中合羽のかわりにお気に入りのGジャンを羽織ると、気分はすっかり紋次郎だった。
やがて、家でのコスプレに飽き足らなくなり、Gジャンの胸ポケットに袋ごと竹ひごを突っこんで、外出するようになった。むかった先は好きな女の子が住む公団。グラウンドをはさみ、22号棟がよく見える30号棟の脇に腰をおろして、チェーンスモーカーみたいに竹ひごをくわえては、ひとしきり噛んで、プッと吐く。腰をあげるころには、吐き散らかした竹ひごが、地面に何本も転がっていた。好きな女の子の住まいをそっと見守る紋次郎チックなおれ、という妄想に酔っていたのだが、いま思えば痛すぎる。
はっきり覚えていないけれど、この珍行動はたぶん、数ヶ月続いた。やめたのは紋次郎熱が冷めたからか、転校先で別に好きな女の子ができたからか。いずれにしても、恥ずかしいからやめよう、といったまっとうな理由じゃなかったのは確かだ。
ちなみに、転校したあとに一度、公団の女の子と駅前で偶然会っている。ぼくは普通の格好で、むこうは母親連れ。せっかくのチャンスなのにあがってしまい、ろくにしゃべれなかった。彼女とはそれっきりだ。どうせならコスプレ中に出くわし、どういう反応が返ってくるか見たかった気もする。
▲中村敦夫演じる木枯し紋次郎。いま見てもしびれる。
団地団〜ベランダから見渡す映画論〜
著者:大山顕、佐藤大、速水健朗
定価:1,995円(税込)
判型:A5判
ページ数:208
発行元:キネマ旬報社
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