団地団が団地に対する偏愛をリレー形式で掲載していくコラムです。
団地団とは:大山顕、佐藤大、速水健朗、今井哲也、久保寺健彦、山内マリコの団地好きによるプロジェクト
今月の団員:山内マリコ
1960年前後の日本映画を観ていると、新婚世帯は当然のように団地に住んでいます。親兄弟の住む一軒家から独立した若い二人が、誰に干渉されるでもなく文化的生活を営み、まだ結婚していない同僚たちに羨ましがられるの図。核家族化のプロパガンダかと思うほど、それは「よきこと」としてポジティブに描かれています。
市川崑の『私は二歳』(1962)では、サラリーマンの船越英二と山本富士子が都営団地で子育てに奮闘しています。全編が団地での子育て描写という団地重要作ですが、その21年後に団地を舞台に家族を描いたのが『家族ゲーム』(1983)だと思うと、なんだか複雑な気持ちになります。年齢に多少の誤差はあれ、船越と富士子が一生懸命育てたあの可愛い息子(声は中村メイコ)がこんな陰鬱な受験生に育ったのかと思うと、なんだかやるせないです。
ともあれ、子を成すにはまず夫婦の円満から。『私は二歳』と同年に公開された小津安二郎の遺作『秋刀魚の味』では、お嫁に行くヒロイン岩下志麻の兄夫婦(佐田啓二と岡田茉莉子)が、団地で夫婦二人きりの暮らしをしています。もちろんサラリーマン&専業主婦の組み合わせ。結婚して何年目かは謎ですが、どうやらラブラブ期はすでに終了しているのが、こんな会話からうかがうことができます。
妻「三階に住んでる山岡さんね、 あすこの奥さん、こないだから入院してたでしょ。 退院してきたの。 可愛い赤ちゃん。男の子。 でね、『コウイチ』ってつけようかっていうのよ。 だったらアンタと同じじゃない。 よしなさいって、そう言ってやったの」
夫「いいじゃないか、コウイチ」
妻「良かないわよ。 大きくなってアンタみたいになっちゃ、せっかくの赤ん坊、可哀想だもの。フンっ。 コウイチはアンタひとりでたくさん」
夫が日頃から妻をケアできていないのが漏れ伝わってくる、非常に巧みなダイアローグであります。このくだりだけで、日本の家庭にありがちなパターン=夫の妻に対するケア不足による、妻からの「冷たい態度」という仕返し、その果ての家庭崩壊という図式までもが浮かび上がってくるようです。
そして、一家の家計を預かる自分になんの断りもなくゴルフクラブを買った夫に対する叱責がコチラ!
「なにさっ、返してらっしゃいよ、そんなもの。 だいたいねぇ、アンタ程度のサラリーマンがゴルフするなんて贅沢よ、生意気よ。 ゴルフなんてよしゃいいのよ。よしちゃえよしちゃえ。なにふくれてんのよ。なにさ子どもみたいに。 早く自分の好きなもの買える身分になりゃいいじゃない」
奥さん、言い過ぎでは……と思いつつ、年功序列制と終身雇用が行き届いた時代、夫のがんばり次第で出世の道が拓けるとあらば、発破をかけるのは妻の役目でもあったのでしょう。夫婦のあり方が随分変わったいま、小説や映画でこういう妻を描くとドロドロしそうですが、昭和30年代の妻たちは、実にカラッと陽気に夫を“操縦”していたようで、エグさは皆無。実にほほえましいシーンになっています。