団地団が団地に対する偏愛をリレー形式で掲載していくコラムです。
団地団とは:大山顕、佐藤大、速水健朗、今井哲也、久保寺健彦、山内マリコの団地好きによるプロジェクト
今月の団員:久保寺健彦
二十七歳から三十歳まで、池尻大橋の団地に住んでいた。246と高速に面した十階建てで、竣工は東京オリンピックが開催された年。一棟しかなく、団地と名前はついていたけれど、古いマンションという感じだった。ぼくの部屋は902号室で、窓のむこうをちょうど高速が走っていた。騒音と排ガスのため、窓は開けられなかった。
四月に入居したのだが、夏が近づくにつれて、暑さが耐えがたくなってきた。近所の電気屋へエアコンを買いに行ったものの、断られた。理由は、室外機を載せる架台がないから。その団地は片廊下型で、すとんとした外壁にベランダはなかった。246を渡り、反対側から見あげると、多くの部屋の窓の外に、架台に載った室外機があった。そこで、管理人に架台をとりつけてくれと電話したら、ヘリコプターを飛ばしてとりつけるから、何百万円もかかるとむちゃくちゃなことを言う。ほかの部屋についていると指摘したところ、数日後、ぼくが仕事に行っているあいだに、あっさりとりつけが完了していた。最初の話はなんだったんだ、いったい。
しかし、今度は電気屋に設置を断られた。手すりがあり、窓があり、そのむこうに架台がある。室外機のとりつけ作業は、手すりを乗り越え、ほんの数センチの窓枠で行なうことになる。危険すぎるというのだ。ほかの電気屋にも片っ端から断られた。そうこうしているうちに夏が本格化し、熱帯夜に耐えかねて、窓を全開にして寝るようになった。騒音と排ガスがひっきりなしに流れこみ、ムッとする空気が室内によどむ。寝ようとしても、寝られない。水風呂に入ったこともあるけれど、焼け石に水程度の効果もなかった。冗談だろ、とひとりごとを言い、真っ暗な浴室で笑ってしまった。かなり危ない。
七月下旬、七軒目か八軒目に電話をかけた業者が、とうとう引き受けてくれた。当日はぼくも立ちあったが、これがおそろしく心臓に悪かった。室外機を抱えた一人が手すりのむこうにつま先立ち、もう一人が手すりのこっち側から、ベルトのうしろに二本指を引っかけてサポートするだけなのだ。まさに命がけの作業によって室外機が設置され、エアコンが使えるようになった。ところが、退去後に団地へ行ってみたら、902号室の外壁からは、室外機が架台ごと消えていた。なにもそこまで原状回復にこだわらなくても。いま思うとあの団地は、けっこうな問題物件だったかもしれない。
悪く書いているので、当該団地の画像はなし。かわりに近所にできた大橋ジャンクションです。