団地団が団地に対する偏愛をリレー形式で掲載していくコラムです。
団地団とは:大山顕、佐藤大、速水健朗、今井哲也、久保寺健彦の団地好きによるプロジェクト
今月の団員:久保寺健彦
新潮社の編集さんによれば、 表紙の団地は関西地方に実在するらしい。 妄想におおいつくされた感じがよく出ている。 増大派に告ぐ/小田雅久仁 新潮社 1,470円 |
2年生まで通った小学校のそばに、全部で35棟の公団があった。当時、手塚治虫の『ブラック・ジャック』に入れあげていたぼくの発案で、その公団の構内を人体に見立て、ばい菌チームと白血球チームにわかれて鬼ごっこをしたことがある。北側の出入り口が口、南側の出入り口が肛門。道が消化器で、棟や公園がその他(た)の臓器、のつもり。ばい菌チームになったぼくは、もう1人の友だちと一緒に遊具や植えこみの蔭に身をひそめながら、ワクワクしていた。見つかったら分解される、と役になりきって話しかけたものの、友だちの反応は薄かった。広すぎてつかまえられないという白血球チームの抗議もあり、人体見立て鬼ごっこはほどなく中止となって、そのあとは二度と行なわれなかった。みんなの冷淡さが不満だったけれど、いま考えるとあたり前で、むしろ、1回でもよくつきあってくれたと思う。以上はひとりよがりで、駄目な妄想の例だ。
その点、今回ご紹介する小田雅久仁の『増大派に告ぐ』は、魅力的な妄想にあふれている。主人公は海沿いの団地に住む14歳の少年と、31歳のホームレス。かつてその団地の住民だったホームレスは、本人にしか理解できない目的を持ってそこへ戻り、付属のグラウンドに住みつく。ホームレスは妄想の中、彼が増大派と呼ぶ連中と1人きりで戦い続けているのだ。
一方の少年にとって、団地は嫌悪すべきものすべての象徴で、人間を呑みこむ不気味な生物として想起されている。物語は、少年とホームレスの視点から交互に描かれ、あるきっかけで2人が行動をともにした日の夜、残酷な結末を迎える。ここでの団地は、妄想を核に他者同士を引き寄せ、一瞬の化学反応を起こさせる、るつぼのような存在だ。画一的・無機的なイメージが妄想の触媒となり、閉鎖的なイメージがそこに凝集力を与える。この作品のすばらしさはいろいろあるが、物語にうってつけな舞台を配置したことは見落とせない。
ちなみに、作者の小田さんとは、メールのやりとりをしたことがある。この小説が大好きなので、“大好きです”とストレートに書いたところ、“本当に本当にうれしいです”とお返事が来て、こっちまでうれしくなった。作品を生み出すのは、想像力よりいかがわしい妄想力だったりするけれど、どうせならこんな風に、周囲に幸せを振りまく妄想をしたい。
団地団〜ベランダから見渡す映画論〜
著者:大山顕、佐藤大、速水健朗
定価:1,995円(税込)
判型:A5判
ページ数:208
発行元:キネマ旬報社
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