団地団が団地に対する偏愛をリレー形式で掲載していくコラムです。
団地団とは:大山顕、佐藤大、速水健朗、今井哲也、久保寺健彦の団地好きによるプロジェクト
今月の団員:速水健朗
僕と同じ1973年、団塊ジュニアのど真ん中世代のラッパーさんに、NAS(ナズ)さんという人がいます。NASさんというラッパーが生まれ育ったのは、アメリカ最大の団地としても知られるクイーンズブリッジ団地です。
アメリカ最大と呼ばれるここの団地の総戸数は3142戸。日本の団地で言うと、赤羽台団地くらいと言うことになります。アメリカでは、政府は集合住宅を整備する方向には行かず、個々に一軒家を推奨する持ち家政策が重視されたので、団地はそんなに発展していません。主に団地は、都市の貧困層向けにあるものなんですね。
NASさんは、ファーストアルバム『Illmatic』、セカンドアルバム『It Was Written』のどちらのジャケットにも団地の写真を使っています。団地愛、ここに極まれりといったところです。微笑ましいです。
NASさんの『Nas is Like』という曲のPVには、この団地の姿と階段室が映っていますが、6階建てレンガ色の壁の建物で、上から見るとY字の団地です。日本で言うスターハウスっぽいかたちということになります。NASさんは、かつての団地仲間を集めて『Straight Outta Q.B.』という団地ソングをつくっています。全米最大級の団地ともなれば、団地内だけでたくさんのミュージシャンがいるのです。
ヒップホップは、1970年代に団地で生まれたと言っていい音楽ジャンルです。ニューヨーク近郊のアッパータウン、まさにクイーンズブリッジのような場所では、狭い地域に集中していた黒人、プエルトリカンらが、しょっちゅうしょっちゅう抗争を繰り広げていました。でも、顔を合わせては毎日毎日殺し合いをしていたのでは、命がいくらあっても足りません。なにせ、団地は狭いので無視するわけにもいきません。なので、彼らはナイフによるけんかではなく、ラップによるけなし合いで戦うことにしました。おおまかに、ラップ音楽は、団地抗争の道具、もしくは戦争回避のための手段として生まれているのです。
英語の弱い僕には、NASさんのラップの歌詞はよくわからないのですが、きっと「お前は軟弱な5号棟出身のくせに」だとか「向かいの棟のあの娘にひとめぼれ」だとか「パスタ茹でるおまえ最高」というような感じでラップしているんでしょうね。
団地団〜ベランダから見渡す映画論〜
著者:大山顕、佐藤大、速水健朗
定価:1,995円(税込)
判型:A5判
ページ数:208
発行元:キネマ旬報社
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