団地団が団地に対する偏愛をリレー形式で掲載していくコラムです。
団地団とは:大山顕、佐藤大、速水健朗、今井哲也、久保寺健彦の団地好きによるプロジェクト
今月の団員:久保寺健彦
しょっちゅう遊んでいた公園のむこうで、団地の建てかえ工事が始まっている。好きな女の子が住んでいた棟も、なくなってしまった。彼女がいま、どこでどうしているかは不明。
団地団リレーコラム第六回、担当は新メンバーの久保寺です。ぼくがお仲間に加わるきっかけをつくってくれたのは、中村義洋監督、濱田岳さん主演で映画化もされた、デビュー作『みなさん、さようなら』だ。十七年間、団地の敷地から一歩も出ずに成長した少年の物語で、映画の公開を前に、あるイベントで団員のみなさんとトークショーをしたのがご縁となった。
ぼくが二〇歳まで暮らした町には、やたら団地が多かった。そういう環境じゃなければ、『みなさん、さようなら』の設定は思いつかなかったかもしれない。
ぼく自身は二歳からずっと一軒家で育った。しかし、小学校の友だちは大半が団地住まいで、小説を書く際に卒業アルバムで確認したら、その割合はほぼ九割に達していた。好きな女の子も一人を除いて、みんな団地住まい。自宅の斜めむかいには、団地が十一棟建ち並んでおり、そこにも一人好きな子が住んでいた。夜、その子の部屋のあかりをながめながら、いまどんな格好でなにしてんのかな、と桃色の空想をふくらませたりしたが、ふと目を転じて、同じ棟のほかの部屋を皮切りに、ほかの棟や、さらに町に何百とある十一棟以外の団地にまで思いが及ぶと、途方に暮れるような、いても立ってもいられないような、不思議な感覚にとらわれた。そこにはぼくの知らない人が大勢いて、ぼくの知らない生活を営んでいる。そう考えるとめまいがしそうだった。当時はうまく表現できなかったけれど、あれはつまり、世界の広大さを意識した、ということだと思う。
ウィリアム・ブレイクの言葉に、“一粒の砂に世界を見、一輪の野の花に天を見る”というのがある。ぼくにとって団地だらけのあの町は、ブレイクの言う一粒の砂みたいなものだ。平凡でちっぽけだが、全世界に匹敵する広がりと厚みを持っている。例えば一棟の団地でさえ、一生かかってもそのすべてを描き尽くすことはできまい。子どものころの感覚はいまだに持続していて、それが創作の原動力になっているのかもしれない。
去年十二月、ひさしぶりにその町へ行ってみた。自宅の斜めむかいにあった団地は建てかえのためとり壊しが始まり、好きな女の子が住んでいた棟も、さら地になっていた。うかうかしているあいだに、現実はどんどん姿を変える。自分の遅筆が恨めしい。これから先、小説の舞台は、いっそ全部あの町にしようか、と思ったりもする。
近々とり壊される団地。右手の棟の一階には、たまり場になっていた駄菓子屋があったのだが、何年も前に閉店した。建てかえられた団地に、かつてのにぎわいが戻ってほしい。
団地団〜ベランダから見渡す映画論〜
著者:大山顕、佐藤大、速水健朗
定価:1,995円(税込)
判型:A5判
ページ数:208
発行元:キネマ旬報社
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