自分の全部を、自分が思ってること全部やればいい
──キリさんは『フリーバード』が夜ストのメンバーとして初のアルバム。メンバーになって気づいたことというと?
キリ:ミウラさんに関しては、根っこの部分は変わらないし音楽に対する気持ちも変わらないと思うんですが、アップデートしていて。僕が入った頃は社会に対しての怒りと焦りがたぶんあったんだと。それは今もあると思うけど、でもツアーとかでいろんな場所に行くことが増えていろんな人に会って、そうしたら、なんか寛容…、寛容って言い方は違うかもしれないけど、明るくなったし懐が凄い大きい人になっていったなと。凄い生意気な言い方ですけど(笑)。夜ストに入る前、僕が勝手にミウラさんってこういう人なんだってイメージがあって、イメージと違う面を知ると、変化と感じてるだけなのかもしれないけど。僕、最初はミウラさんってメチャメチャ怖い人だと思ってたんですよ(笑)。
──あ、そういえば私も一番最初にインタビューしたのは『DOLL』で、確か吉祥寺駅で待ち合わせして。そしたらミウラさん、テツオさん、ヨーホーさんの3人がしゃがんでタバコ吸ってて。ガラ悪いなーって思ったわ(笑)。
ミウラ:そういう時代もあったね~(笑)。
キリ:僕のミウラさんのイメージもまさにそれでした(笑)、そこがカッコ良かった。世の中からはみ出してる感じ。あの、Mr.ワリコメッツのボーカルが「凄いカッコイイ人ってステージ上で突然殴りかかってくるような気迫がある」って言ってて、ミウラさんにもそういう気迫があるなって。
ミウラ:殴りかかるなんて最悪。
キリ:あくまでも気迫ってことですよ。実際会うと全然違って優しいんです。僕、20コ年下なんですけど…。
──20も違うのか!
キリ:全然そういう年齢差を感じさせない、先輩後輩じゃなく最初から友だちとして接してくれて。テツオさんもそういう感じで。夜スト界隈の人も優しくて。みんな優しいし誰にも依存してない感じなんですよ。そういうとこ、僕も影響されてるし、そういうふうになってたらいいなと。
ミウラ:俺は先輩後輩とか大嫌いですから。縦社会、大嫌い。
──『フリーバード』、そして今作『新世界』が打ち出してることって、尊厳と自由だと思うんですよ。あ、なんかeastern youthのアルバム(『SONGentoJIYU』)みたいですが(笑)。
キリ:うん。『フリーバード』で片鱗があって、『新世界』でより洗練されて打ち出されてる。メッセージがあって、すると演奏もアップデートされていろんなことをやれた。いろいろ試せたんですよ。そういう意味でも僕の中では今後ターニングポイントになるアルバムだと思います。
──『新世界』はどんどん酷くなっていく世の中から目を逸らさず、怒り、そして開かれたロックンロールのアルバムで。それが矛盾しないのが素晴らしくて。インタビューの初めに言ったけど、とてもタフになってる。そのタフさってどうしてなのかっていう……。あの、渋谷にあるアフリカ料理のロスバルバドスの大助さんって知ってるよね?
ミウラ:はい。昔ね、大助さんとマユミさんが市川で店をやってた頃、ライブで弾き語りで出て。ロスバルバドスはまだ行ったことないんですよ。
──この前、大助さんがXに珍しく投稿していて。「まぁ、望んだ結果とは違ったがなんか逆にやる気出てきたな。俺も今年64歳、そろそろイベントやんのも減らしていこうかななんて考えてたけど、やめた。まだまだやってくよ。こんなクソな世の中ぶっ壊すまで、残りの時間は少ないかもしれんが、もうひと頑張りするか!」って。この投稿を見て凄く元気が出たんですよ。社会に怒りや批判があってなんとかしたいってなったら、真面目になりがちじゃないですか。遊んでる場合じゃない、ちゃんと考えて行動しなきゃって。それが大助さんはイベントでDJやるのと社会への怒りが同一線上にあって直結してる。やりたいことをもっとやるって言ってる。ミウラさんも夜ストも、そんな感じなんじゃないかなって。
ミウラ:全部なんだしね。自分一人が全部なんで。自分の全部を、自分が思ってること全部やればいい。そう思ってます。
──そこで、社会の面倒くさいことは切り捨てようとはならなかった?
ミウラ:ならないですね。だって思ってることだもん。俺は思ってることを歌いたい。まぁさ、そういうことを考えたくないって人もいると思うし、音楽にそういうのは必要ないって人もいると思うけど、そういう人はどうせ俺たちのCD買わないと思うんで(笑)。買わない人のことまで考えてもしょうがない(笑)。俺、57才になるんですけど恋愛ばっかり歌ってられないしね。そもそも恋愛がないし(笑)。
「Free Free Palestine」というコールを「平日」に入れた理由
──恋愛も政治もいろんなことが生活にはあるわけだもんね。でも1曲目の「平日」の最初にいきなり「Free Free Palestine」って、イスラエルによるパレスチナへの攻撃に反対するデモのコールを叫んでるのはびっくりしました。
キリ:もともと入れてなかったんですよね。ミウラさんが最後に急に入れて。僕も一緒にコールしたかったですよ。
──あのフォートップスのようなソウルのリズムに「Free Free Palestine」が見事に合う(笑)。
ミウラ:そうなんですよ! あのノーザン・ソウルが実にちょうどいい(笑)。
キリ:「Free Free Palestine」って言ってますけど、昔から世界各国で紛争や暴力は起きているし民衆が弾圧されている。いわば普遍的なメッセージの歌で。
ミウラ:ウクライナもミャンマーも厳しい状況が続いてる。「平日」は帰還兵の歌なんです。ヘミングウェイの短編で帰還兵の話があって。戦争のことは全然書いてないんですよ。帰還して、一人で釣りに行って魚をさばいて、ワイン冷やして、ぼーっとしてる。それだけ。そのイメージもあるんです。歌詞に出てくる馬と犬は軍用犬と軍馬。人のせいで勝手に戦地へ連れてかれた。
──そこで「Free Free Palestine」ってコールしたい気持ちは凄くわかる。
ミウラ:あれで引っ張られるというか、わかりやすくなるでしょ。
──うん。あのコールがなかったら、青空が広がっていくような気持ちいい歌だなって思ったかもしれないし、ちょっとノスタルジックな歌だなって思ったかもしれない。あのコールがあってイメージが広がった。でも逆にイメージが限定されるって懸念はなかった? たとえば私はどうしてもネットで見るパレスチナの子どもの紛争前の笑顔と、そして遺体の姿が浮かんできて。
ミウラ:そういうイメージを持てばいいと思うんですよ。あの歌は世界のいろんなとこで、昔から紛争があって酷いことが行なわれていて。そんなのがなくなって平日に戻りたいっていう。キリが言ったように普遍的なメッセージで。普遍的なメッセージに「Free Free Palestine」ってコールを入れたのは、入れたかったからです。今も入れたいと思ってる。
──あぁ、同じコールでも、「Stop Stop Genocide」は怒りのコールだけど、「Free Free Palestine」は願いや祈りのコールだし。
ミウラ:そうっすね。平日に戻りたい、平日に戻ってほしい。それは祈りであり、普遍的な希望ですよね。
──2曲目の「平民」の「括られて 押し込められた ゲットーの扉を さぁ破ろう」って歌詞からは、パレスチナのガザを連想させられます。
ミウラ:そうですね。あれはだんだん、歌詞を書いていくうちにガザのことを考えて言葉が出てきて。まず「平民」って言葉が浮かんでのは、去年、『橋の下世界音楽祭』に行って、出演じゃなくただ遊びに行ったんですけど。その帰り際に思い付きましたね。
──最後の「平民 そしてまた散らばろう 平民」っていいですよね。
ミウラ:そうなんですよ。バラッドショットって小田原のバンドが大好きなんですけど、バラッドショットの影響もありますね。彼らの曲で、同じにならないけど肩を並べようって歌ってる曲があって。それこそデモの歌だと思うんです。民衆のデモ。その曲と考え方とかに影響受けましたね。
──レコーディングはどんな感じで?
ミウラ:red cloth(紅布)で録ったんですよ。
──ライブハウスで?
ミウラ:そうそう。red clothのライブやってるステージをスタジオとして。
──へー。ミウラさんの声、太くなってますよ。荒々しいんじゃないけど、ひっくり返る声がソウルフルで(笑)。
ミウラ:ひっくり返ってるとこ、ありますね(笑)。普通レコーディングって夜が多いんですけど、ライブハウスは夜はライブがあるしその前にリハもある。レコーディングは朝っぱらなんですよ。だから声が上手く乗らなくて何度もやり直して。わざわざ朝4時頃に起きて時間調整したり。でね、出ない音程を歌ってるんですよね(笑)。なんかね、声がひっくり返ってもいいからそのキーでやりたくて。歌いきりたいって感じかな。そしたらホントにひっくり返って(笑)。
──「フリーソウル」はファンクナンバー。
キリ:初めはちょっと音符を少なくしようかなって。自分は音符を多く弾きがちなんで、ベーシストとしてそろそろ音符少なくズシッと弾きたいなと。それが突然、それより素直にやりたい、ちゃんとカッコイイ感じで弾きたいって。そう思ったのが仙台のライブの日で急にアレンジ変えてやったんです。そしたらメッチャ良くて。
──キリさんはもともと好きなものって…?
キリ:もともとは50'sですね。Mr.ワリコメッツはマージービートっぽくて。8ビートのロックンロールでウォーキングベースみたいなのが好きで。ブラックミュージックは夜ストに入ってからです。グルーヴの神髄はここにあるなって。