SNSというバーチャルの世界もまたガザと同じ“戦場”かもしれない
──宙也さんの描く作詞の作風の変化はみなさん感じましたか。
秀樹:いつも以上に才気が爆発したと言うか、覚醒した感はありますね。
レイコ:今回は特に、文言がキラキラしてるんですよね。歌詞の輪郭がどれもはっきりしてる。
──そうなんですよね。ストーリーテラーとしての従来の才能がさらに切れ味と凄みを増した感があるし、良質な短編小説を味わえる醍醐味と余韻をどの曲にも感じるんです。話が戻ってしまいますが、この世界と自分自身を救うものを主題にしたという「デウスエクスマキナ」がとりわけ格別で、絵空事のような現実と現実のような絵空事を行き来する2024年現在の社会が虚構であるはずの歌としてとてつもないリアリティを伴い表現されている。虚の世界が現実以上の現実となって聴き手の目の前に現れる。もちろんそれは歌だけではなくギターとベースとドラムが混然となってこそ初めて成し得ることで、そんな楽曲の持つ力や歌のポジティブさをこれまで以上に実感します。
宙也:「デウスエクスマキナ」は間奏が終わってもう一度Aメロが来るでしょ? それは秀樹の曲には珍しいケースなんだよ。
秀樹:だいたいBメロに行っちゃいますからね。
宙也:だからストーリーを作りたくなっちゃう。Bメロで違う話をしてサビがもう一度来るなら間奏までの世界を繰り返せばいいんだけど、間奏の後にまたAメロが来るということは、その後の展開を綴りたくなる。
ERY:時が進んでいる感じですよね。
宙也:そうそう。あと、冒頭の「あの日のあの空の下」の“空”と、間奏の後の「あの日のあの空の下」の“空”は違う空なんだよね。第二次世界大戦とガザ空爆という時空を超えた空を表現している。
──宙也さんが「デウスエクスマキナ」を録り終えた後に観たという是枝裕和監督の映画『怪物』がご自身の中でイメージと重なったそうですね。
宙也:『怪物』は戦争映画ではないけれど、あれはびっくりした。あの映画には男の子同士の恋愛話もあり、モンスターペアレンツによる虐待の話もあり、放火事件の犯人は誰なのか? 誰が本当の“怪物”なのか? という話もあるんだけど、物語の本筋は犯人探しではない。事件とは直接関係のない、噂話をしている人たちこそが真の“怪物”なんだという落とし所なんだよね。昨今のSNSと同じで、ありもしない話を噂にして周囲の人たちを信じ込ませることで誰かに大きな迷惑をかけるという。今やそういう“戦場”も世に蔓延っているんだという視点が「デウスエクスマキナ」のイメージと重なったわけ。SNSというバーチャルの世界にも人の生命を脅かす攻撃や危険な行為があるという意味で、それはもはやガザと同じ“戦場”じゃないかと思って。
──なるほど。ここからアルバムの後半です。「極東ファロスキッカーのテーマ」はライブのオープニングSEとして多用されていますが、先ほど宙也さんが話していた“昭和のハードボイルド・スパイ活劇”を彷彿とさせるナンバーですね。
宙也:秀樹が『キイハンター』のオープニングテーマ(「非情のライセンス」のインストゥルメンタル)にインスパイアされて作った。
──ライブ同様に冒頭に配置するのではなく、あえて真ん中に置くのが捻りが効いていいなと思って。
秀樹:曲の並びは、宙也さんが何度も聴いた上で決めてくれました。
宙也:今回はフルだったので余計に大変だったし、「極東ファロスキッカーのテーマ」はどこに入れようか特に悩んだ。1曲目にすると、俺の声まで遠いなと思って(笑)。
──最初からずっとインストですからね(笑)。
宙也:アルバムの頭を「À Bout de Souffle」、「〜SlimGenie」という流れにすれば、どちらも女性の声で始まってインパクトが強いでしょう? 「〜SlimGenie」でやっと曲が始まったのかと思えば、俺ではなくERYのハミングから入るっていうのもいいしさ。
──サビの“Body, body, body...... body and soul”という掛け声がキャッチーな「無限デシベル」ですが、“デジベル”と聞くと自ずと宙也さんが1996年に発表したソロ作『ゼロ・デジベル』を連想しますね。
宙也:タイトルも含めて、90年代の自分をオマージュしていると言うのかな。この曲に限らず、今回は自分の人生の集大成と言うか、自分らしさみたいなものを全部出してしまおうと考えた。「無限デシベル」だけではなく、自分のやってきたことや自分らしい言葉を実は随所に散りばめてある。
──「ろくでなしピエロ」の歌詞に“エルドラド”(アレルギーが1985年に発表したファースト・フルアルバムのタイトルトラック)があるのは気づきました。
宙也:40年以上いろんなバンドをやってきたし、新たなバンドをやるときは前のバンドの曲を絶対にやらないとか、常にそれまでのイメージを一新しながら前へ向いて進んできた。でも今回はそういうことも引っくるめて自分のすべてを出してしまおうというのがあった。
──これまでの禁じ手を打ち破った、新たなトライアルだったと。
宙也:うん。今回は秀樹が作ってきた曲を聴いて「え、今さらこういうタイプの曲を俺に渡す?」というケースもあったんだけど(笑)、それは過去にあったことなどもう関係なく、すべてを投げ捨てたつもりで新しい曲に取り組んでよ! と言ってくれているのかなと受け止めてね。
昭和のテレビドラマから受けた恩恵が楽曲の世界観に反映
──「魔王リベリオン」もそうした宙也さんによるセルフオマージュ的楽曲の一つなのかなと思いましたが。『KINGDOM』というタイトルのアルバムがDe-LAXにありましたし(1990年発表のサード・アルバム)。
宙也:そこはどう受け取っていただいても(笑)。
秀樹:曲調に関して言うと、90年代頃のイギリスのバンドを意識して作ったんです。インディーズで脚光を浴びてすぐ消えたみたいなバンドの曲って、意外と今も覚えていたりして。この曲もキーとなっているのは、宙也さんとERYが一緒にユニゾンで唄っているところなんです。宙也さんと同じ音程でぴったり合わせて唄っているのに歌の印象が違って聴こえるのが面白い。
宙也:ERYのコーラスが入ったときに「やった!」と思ったもんね。歌詞を書く立場からすると、コーラスが上手くハマると余計に嬉しくなるものなんだよ。ERYはいろいろできる子で、コーラスもいろんなパターンができるんだよね。
ERY:可愛い子系からお姉さん系、やんちゃ系もできますよ(笑)。ブースから「これはどのバージョンでいきますか?」と訊いてから唄って、その中でみんながいいねと感じたキャラが採用される感じでした。私はボーカリストじゃないし、宙也さんと違って自分の色がないから何者にでもなれるんです。
──「魔王リベリオン」の歌詞にある“ジャジャジャーン”はテレビアニメ『ハクション大魔王』でお馴染みの、大魔王が呼ばれて飛び出したときの言葉を引用したそうですね。
宙也:そう。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン(笑)。
秀樹:“ジャジャジャーン”という言葉が出てきたときは、宙也さんも完全に振り切ったんだなと思いました(笑)。
──『キイハンター』然り『ハクション大魔王』然り、60年代末から70年代初頭にかけての昭和のテレビドラマから受けた恩恵がファロキの世界観に如実に反映しているのが窺えますね。
秀樹:やっぱり世代として影響が色濃い部分があるんでしょうね。
──宙也さんと秀樹さんは少し世代が違いますけど、そうした昭和カルチャーからの影響は似通ったところがあるんですか。
宙也:秀樹とは6歳差だけど、昭和は昭和だからね。『傷だらけの天使』もリアタイで見たか再放送で見たかの違いくらいで。
秀樹:うちの兄貴が宙也さんと同じくらいの歳なんですよ。だから同じ時代に同じような番組を見ていたと思います。
──そういう昭和的キーワードが楽曲の主題である場合、ERYさんとレイコさんは理解できないことが多々あるのでは?
秀樹:まあ、理解していただこうとはあまり思ってませんけど(笑)。
宙也:むしろ違う理解や解釈をしたほうが面白いからね。
ERY:3人が「ああ、あれね!」と昔流行ったものの話題で盛り上がっているのを、私はよく知らないけどなあ…とか思うこともありますけど(笑)、それでいいかなと思って。自分で掘り下げたいものは訊いてみたりしますけど、知らなくていいかなというものはそのままにしています。ある程度の情報共有をしたいときは、バンドのグループラインで宙也さんが「『キイハンター』とは?」って参考動画のリンクを貼ってくれることもありますし。
レイコ:私はタランティーノの存在も大きい気がして。古今東西の映画をオマージュすることで今に伝える彼の作風が若い世代へ与えた影響は凄く大きいと思います。
──確かに。“A-Cho”はブルース・リーの怪鳥音ですか。
宙也:あれは元からデモに入ってなかった?
秀樹:入ってないです。“Fu...”とか何か入れてほしいとは言いましたけど。
レイコ:“A-Cho”はライブで宙也さんが言い始めたんですよ。
ERY:私は『ブラック・ジャック』のピノコが言う“アッチョンブリケ”だと勝手に思っていたんですけど、違うんですか?
宙也:じゃあ、そういうことにしておこう(笑)。