あくまでフィクションで、実在の人物に寄せたいわけじゃない
──そうしたテーマがある一方で、亜無亜危異の5人をモデルにした青春群像劇としても肩肘張らずに楽しめますね。プロの役者はやはり凄いなと思ったのは、イチを演じる永瀬正敏さんが途中から伸一さんにしか見えないことなんですよね。
藤沼:そうでしょ? そこはちゃんと見出しにしといてね(笑)。永瀬さんは実在する俺の役をやるわけだし、わからないことがあればそこにいる俺に訊けばいいみたいなことをインタビューで話してたね。休憩中もよく一緒に食事をしたし、ずっと観察されていたのはやめてほしかったけど(笑)。
──伸一さんのギターとピックを永瀬さんにプレゼントしたそうですね。
藤沼:うん。永瀬さんも昔バンドをやっていたそうだし、ギターも軽くなら弾けるってことで、ある程度の下地はあったのかな。映画の中で使う曲を俺が弾いたり、立ってアクションするのを永瀬さんが撮っていたから、それを持ち帰って見て研究されたんだと思う。その甲斐もあったのか、撮影の途中から永瀬さんの立ち方とかポーズの決め方が凄い俺に似てきてさ。あまり俺に寄せるとコメディになっちゃうからやめてねと言ったんだけど(笑)。
──アニマル役の渋川清彦さんも(仲野)茂さんにしか見えませんね。モヒカンヘアもそうだし、ちゃんと葉巻を吸っているし。
藤沼:茂は昔、葉巻を吸っていたからね。茂の役って簡単なんだと思うよ。がさつでぶっきらぼうに振る舞えばだいたいあんな感じになるじゃん?(笑)
──そうしたキャスティングの妙もあり最後まで飽きずに見られますが、配役はどう決めていったんですか。
藤沼:脚本は映画の大事な設計図なので、完成するまでに2年くらいかかったのかな。脚本家とディスカッションを重ねていく中で登場するキャラクターが徐々に明確になっていって、その過程でスタッフのみんなといろいろ話し合ってキャストを決めました。最初、イチ役はトム・クルーズがいいって言ったんだけど、それじゃ字幕付きになっちゃうよって(笑)。あと、若いイチ役はモーガン・フリーマンがいいって言ったんだけど、逆に歳喰ってるじゃないかと言われて(笑)。まあそれは冗談として、結果的にどの役もバッチリでしたね。
──ハルを演じた北村有起哉さんも素晴らしいですね。どう見ても晩年のマリさんにしか見えなくて。
藤沼:昨日、『ヤクザと家族 The Family』のBlu-rayを観てたんだよ。舞台挨拶の研究をしようと思って(笑)。それにも北村さんがヤクザの役で出ていたけど、鬼気迫る演技で凄かった。北村さんは『浅田家!』を映画館で観て、ちょっとしか出てなかったけど観客の心をギュッと掴む役所でさ。東日本大震災で被災した福島に住む人の役で方言も完璧で、本当に現地の人を登場させたのかな? って思ったくらい。そんな経緯もあったので、スタッフからハル役に北村さんはどうか? と提案されたのは意外だったけど、引き受けてくださって嬉しかった。ちなみに言うと、北村さんは亜無亜危異のドキュメンタリーも観てくれたし、マリの墓参りにも行ってくれてね。
──テラを演じたのは怒髪天の増子直純さんですが、大河ドラマにも出演経験があるなど演技にも定評がありますね。
藤沼:黒澤明ね(『いだてん〜東京オリムピック噺〜』)。増子はやっぱり上手いよ。今回もKEE君(渋川清彦)と永瀬さんと3人で揃うシーンがあるけど、全然物怖じしてなかったしね。バンドが本業だから普通はもっと緊張すると思うけど、現場では一切なかったから。
──アニマルとイチがテラにまたバンドをやろうと会いに来るシーンですね。アニマルとテラのやり取りがアドリブっぽく見えましたが、本作ではわりと即興の演技を活かしているんですか。
藤沼:永瀬さんがよくアドリブを入れてくるんだよ。それを受けた役者同士の会話が面白ければOKだし、ケースバイケースだね。
──ヨハン役の松林慎司さんはコバンさん(小林高夫)に寄せている感じではないですけれども、バンドの屋台骨を支えるドラマーらしいムードメーカーっぽさをしっかり醸し出していましたね。
藤沼:あくまでフィクションだし、俺的にはそこまで似てなくても良かったからね。実在の人物に寄せたいわけではなかったしさ。
──そうした壮年期の5人も良いですが、若くてやんちゃな頃の5人を演じた皆さんも良かったですね。特に若い頃のハルを演じた山岸健太さんには光るものがあって。
藤沼:役者としてバリバリやってる子たちじゃないし、そのぶん今の20代のリアルな感じを出してくれたような気がします。