自分では予期せぬところで辻褄の合う瞬間がある
──「街が痙攣している」は礼拝音楽を思わせる荘厳な雰囲気のある名曲ですが、打ち込みドラムを使ったのは生のドラムだとニュアンスが強すぎるからですか。
M:この曲に関してはドラムは最初から要らないと思って。ベースは弾いてもらったんですけど、デモを作っている時点で生ドラムの必要性を感じなかったので。
──無機質な打ち込みドラムにすることによってウェットになりすぎるのを抑える効果があるようにも感じますね。
M:そうですね。サビでメロトロンが分厚く入ってくるし、どこかドライな視点を持っていないと押しつけがましくなってしまうんです。どう? いい曲でしょ? みたいな押しつけがましさが出るのがイヤで、生ドラムにするとそうなってしまいそうな気配もあってやめにしたんです。
──気怠いムードの「わがままトリッパー」はSNSで承認欲求を満たそうとする人たちを皮肉ったような曲で、歌詞とメロディがほぼ同時に作られた珍しいケースだったとか。
M:あるときお風呂に入っていたら「わがままトリッパ〜♪」と降って湧いてきたんです。それで風呂を出て、忘れないように何小節かのリズムとベースラインをパソコンに打ち込みまして。ほぼ全裸のままで(笑)。自分でもよく分からないんですよ、なぜ「わがままトリッパー」という言葉が突然降りてきたのか。これも先ほどから話しているドライな視点から軸をずらさないまま作れた曲ですね。
──凄く支配人らしい曲ですよね。「私の毎日に いいねは要らない」「いいかどうかは自分で 決めるから」という歌詞も実に支配人らしいですし。
M:まあ、そこまで言うならSNSを全部やめろよと自分に対して思いましたけどね(笑)。だけど“いいね”という言葉も良し悪しじゃないですか。訃報のニュースなのに“いいね”がいっぱい付いているのを見るとモヤッとしますし。“いいね”の意味もよく分からないですよね、“どうでもいいね”なのかもしれないし。無駄に時間があるとついそんなことを考えてしまいます。
──表現に携わる人は概して承認欲求が強いものなのではないかと思うのですが、支配人はどうなんでしょう?
M:“いいね”をされてイヤなわけではないですけど、だから何? っていうのはありますね。誰かに関心を持っていただくのはもちろん有り難いことだし、マリアンヌ東雲、ひいてはキノコホテルの存在をまだまだ知っていただく必要がある立場ですので、SNSは自分たちを知ってもらえたらいいかなと思いながらやっているんです。Instagramは見てほしい写真があるので進んでアップしていますけど、Twitterはもっぱらボヤきや情報告知が多いんです。告知であれば“いいね”じゃなくRTしなさいよとか思うし、Twitterをやっていると“いいね”にイラッとすることが多いですね(笑)。
──「わがままトリッパー」のアウトロで「上がって 下がって 下がって…」というリフレインがありますが、あれはSNSのリアクションに一喜一憂して翻弄されている人たちへの揶揄みたいなものですか。
M:何でしょうね。自分のメンタルが不安定だったのもあるし、「わがままトリッパー」という言葉と同じ流れで「上がって 下がって 下がって…」がふと聞こえてきたんですよ。SNSに振り回されている人たちに向けたものでもいいんでしょうし、そこは歌ですから如何様に捉えていただいてもいいと思います。自分としてはコロナ禍のせいでいろんなことが禁止された世の中に対して乱痴気騒ぎみたいなパートを入れたい構想はあったけど、なぜ「上がって 下がって」という言葉が出てきたのかはよく分かりません。だけどワタクシの歌は結果的に辻褄が合うことが多いんですよね。
──確かに。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令に上がったり下がったりする我々の心情とも重なりますし。
M:それもあるし、SNSや世の中もそうだし、自分の仕事や家庭内のことかもしれないし。それこそ世界中が「上がって 下がって 下がって…」だと思うんですよ、この1年以上。
──続く「莫連注意報」ですが、この曲で初めて“莫連”という言葉の意味を知りました。凄く良い言葉ですよね。
M:そう、良い言葉なんですよ。いつか使いたいなと思っていて。
──莫連=すれっからしの女、あばずれという意味で、支配人にぴったりの言葉じゃないかと思って(笑)。
M:否定できないわね(笑)。“注意報”という言葉も突如降りてきたんです。「常に悪天候」という歌詞があったけど、そのことは全然考えずにすでに決めていた“莫連”というワードに“注意報”を付け足してみたんです。後で歌詞を読み返してみたら「時化た荒波に乗り出せ」というフレーズもあったし、これでいいじゃないかと思って。そういう自分では予期せぬところで何かがピタッとハマる瞬間があって、それは非常に気持ちが良いものですね。
──「莫連注意報」は従来の楽曲でいえば拡声器系というか暴発系というか、キノコホテルのアルバムの中に必ず1曲入っているタイプの曲ですね。
M:前作でいえば「茸大迷宮ノ悪夢」と同じポジションで、もっと遡れば「愛と教育」とかの系譜ですね。
──しかもこの辺りでそろそろ爆発系の曲を聴きたいというところで「莫連注意報」が来るし、構成が非常に良い流れなんですよね。
M:実は今回の曲順は、ほぼデモが出来た順なんです。それぞれのタイトルも決まっていなかったので、1番の曲、2番の曲…とデモを従業員に送っていたんです。最終的にマスタリングの段階で曲順を決めるときに並べてみたら、暫定で振ってあった番号の通りだったので自分でも驚きました。ああ、これは結果が見えていたのかもしれないと思ったし、ワタクシはいつも着地が綺麗なんですよ。