どこか突き放したドライな視点を常に持っていたい
──先行配信された「愛してあげない」はジュリ島さんの芯の太いベースが異常に際立っているのがいいですね。
M:ベースの音が大きいのはキノコホテルの基本ですから。「愛してあげない」はサラッと聴けて短いし、特に難解さを感じる曲ではないんですけど、よく聴くとサビのベースラインが非常に饒舌なんです。ベースを弾けない人間が盲滅法に考えたフレーズをここまで忠実に弾くのだから凄いし、よくこれだけ弾けるなと改めて思います。こうしたベースラインを8年以上ずっと弾いてきたわけだし、そりゃ身体も痛めるはずだなと思いますよ。結局、ワタクシはジュリ島の身体を気遣っているようで最後の最後まで酷使させてますよね。もちろんそんな悪意はこれっぽっちもないけれど、やはり彼女に期待してしまう自分がどこかにいるんです。
──「愛してあげない」は一見キノコホテルの結成当初の楽曲にありそうなタイプにも思えますが、昂揚感が訪れるサビの辺りに進化したソングライティングを実感するという簡にして要を得た曲といえますね。軽いけど深いというアルバム全体をシンボリックに表現した趣きもあって。
M:いろいろな捉え方ができる曲だと思います。長年キノコホテルを聴いてくださっている方と初めて聴く方では捉え方も違うだろうし、昭和の歌謡曲を全く知らない方にどう映るのかも気になりますね。
──端正かつメロディアスな「キマイラ」ですが、キマイラとはギリシア神話に登場する怪物のことだとか。
M:モチーフにしたのは生物が環境の変化など他の要因と作用してまた別のものに変異するキマイラ(キメラ)という現象のことなんです。その語源がギリシア神話に出てくる怪獣から来たみたいで。今やこのコロナ禍で人類そのものが変異してしまいそうな状況に置かれていて、自分を取り巻く環境もコロナはさておきグループが荒波に揉まれてカオスの真っ只中にいる。この経験を経て自分自身がどう変化するのか、それは良い変化なのか悪い変化なのかとか、去年からの外出自粛期間中に家に閉じ籠もっているといろいろと妄想ばかりが膨らんでしまうわけです。そんな思いを象徴した曲を作りたかったんですね。昨年EPとして発表した「赤い花・青い花」「銀色モノクローム」は象徴というよりコロナ禍の今ある姿そのものをテーマにした曲でしたが、そこまで直接的じゃなくても何かこの時期だからこそ書けた楽曲をアルバムに入れておきたくて。
──別れた恋人の残像を払拭できない切なさを描いた「カモミール」は普遍性の高いラブソングですが、こうした優れたポップミュージックを作るのが支配人は本当にお上手というかお手のものというか。
M:こういう良い曲はおそらくいくらでも書けるんですけど、良い曲だらけにしてしまうのはキノコホテルとして違うんじゃないかと考えてしまうんです。この手の曲は1、2曲程度でいいだろうとか。ジュリ島のことを意識したわけではないけど、この1、2年、人との別離が非常に多かったんですよ。振り返るといろんな人たちとの別れを経験したなと考えながら「カモミール」を書いたところはありますね。
──「愛してあげない」も似たもの同士の2人が別れる様を描いた曲ですし、そういうモードだったのかもしれませんね。
M:もうホントに別れっぱなしですよ。ほとんどがケンカ別れですけど(笑)。
──誰しもが認める名曲ばかりになるのを避けるバランスとして「断罪ヴィールス」のようにコミカルな曲が用意されているようにも思えます。
M:そうね。収録した曲をアルバムの中での役どころに重ねてみると、主人公がいたらその恋人、大親友、お世話になっているバーのマスターといった登場人物がいるわけなんですけど、それがここ何作かで定型化してきているんです。前作でこの立ち位置だった曲が今回はこの曲なんだ、みたいな。それは意図せず勝手にそうなっていて、その意味で「断罪ヴィールス」は毎回アルバムに収録されるやんちゃ系の曲というか。「街が痙攣している」は前作でいえば「レクイエム」の立ち位置だったりするし。たとえばワタクシが演出家だとして、違う舞台なのに出てくる役者は毎回同じみたいな感覚がありますね。
──この「断罪ヴィールス」もまた別れがテーマともいえそうですし、支配人と袂を分かった人たちへ向けた餞別のような歌にも聴こえますね。
M:まさにその通りです(笑)。初期のキノコホテルは別れた相手に対する当てつけソングが多くて、ここ最近はその手の曲がなかったんですよ。というのもワタクシがここ最近めっきり恋愛もご無沙汰で、人に対してエモーショナルになる機会がなかなかないものですから。まあそれはいいんだけど、「断罪ヴィールス」は久々に分かりやすい当てつけの曲ですよね。
──でも当てつけ一辺倒ではなく、嘘や言い逃れをする人たちを呼びつけて罪をさばく様をナレーションで入れてあるところが遊び心が効いていて面白いですね。
M:恨み辛みの歌を唄っても様になるのは中島みゆきさんくらいだと思うんですよ。自分の場合はどこか突き放したドライな視点を持っていたいし、人と袂を分かつ以上は自分も少なからず痛手を負ったり後味の悪さを感じていて、でもそんな状況を笑い飛ばしたい気持ちもあるんです。「そんなヤツ、別れて正解でしょ?」って。
──断罪される側の言い分を従業員の皆さんがそれぞれ喋っていますが、ジュリ島さんの声を残しておきたいという意図もありましたか。
M:それはあったと思います。あの魅惑のロリータボイスを記録に留めておくためにも(笑)。