引き算の発想と足し算の録音方法
──「マターリング」は本作のリード・チューンとも言える楽曲ですが、これもミサトさんによる歌詞が面白いんですよね。「あの子のメイクとってみたい/だけど素顔知るのはちょっとこわい」とか。
小松:「あの子」は自分のこと?
加倉:うるさいですよ(笑)。
──他にも「未知の世界をかいま見たい/だけど指触れるにはちょっと遅い」、「喧嘩した子と仲直りしたい/だけど許すにはちょっと早い」といった具合に、してみたいことの一歩をなかなか踏み出せないでいる心情が滔々と唄われていますね。かと思えば、後半はイソップ寓話の『金の斧』を引き合いにして、金でもなく銀でもなく真鍮の斧を選ぶ人が得をするらしいという、世間を風刺したような歌詞で。
加倉:日々生きていると自分の心のなかでいろんな言葉が見境なく溢れてくるので、そういう脳のつぶやきをつらつらと書き連ねてみたという体ですね。後半の歌詞は前半とのつながりがあまりないかもしれないけど、手段を選ばずに欲をむき出しにする人のことがふと頭に浮かんだんですよね。そういうことを普段から思っているんでしょうね。
──「マターリング」はシンプルなギターのリフと歌から始まって大きなうねりのあるアンサンブルへと発展していくアレンジもよく練られていますね。
小松:SOSITEに関してはアレンジがすごく大事で、ミサトちゃんが持ってくるリフやフレーズをどうアレンジするかで曲の雰囲気がガラッと変わるんです。その曲調とは全然合わないようなリフをくっ付けることもあるし、それを違和感なく自然につながるようにしながらどうやって大きな展開に持っていくかとか、アレンジをよく考えないと何でもない曲になっちゃったりするんですよ。だからアレンジはいつもああでもないこうでもないと試行錯誤しながら詰めてますね。
──小松さんが曲のパーツなりアイディアなりを持ち寄ることはないんですか。
小松:今回で言えば1曲目がそうで、ちょっと変拍子みたいな感じで7拍子でやってみようと提案しました。あと「不透明びより」のテンポ・チェンジとか。そもそもミサトちゃんは自分で作ってきた曲が何拍子なのかわかってないんですよ。スタジオで「この曲の頭はどこ?」と訊いても「頭がわからない」なんて言われるし(笑)。その曲がどこからスタートしているのか全然わからない。
加倉:自分のなかでは頭があるんですけど、小松さんとは頭が合わないんですよ(笑)。
──それはコンビとしてだいぶ致命的ですね(笑)。
小松:ブッチャーズでもわりとそういうのがあるんですよ。射守矢さんは4拍子や8拍子のきっちりした感じが好きで、変拍子をやるにもちゃんと理解して弾くんですけど、吉村(秀樹)さんはそういうのを気にしないで弾くから、「あれ? 頭はどこだろう?」とか考えちゃうんです。僕からすると射守矢さんとミサトちゃんはコードの押さえ方が似ているところがあるんですけど、ミサトちゃんはコード自体、よくわかってないんですよ。
──ということは、ミサトさんには吉村さんと射守矢さん両方の要素があると?
小松:だったらちょっと困りますね(笑)。
加倉:畏れ多いです…。
小松:要するにミサトちゃんは理論立ててではなく感性で曲作りをするんです。そこを僕がどう理論立てて組み立てていくかの面白さはありますよね。それでケンカも絶えませんけど(笑)。
──「マターリング」はミュージックビデオも作られたくらいだから、お二人にとっても自信作なのでは?
加倉:今までにない曲ができた手応えがあったし、SOSITEの新しい一面を出せると思ってカメラマンの松島幹さんにミュージックビデオを作っていただきました。もちろんアー写も松島さんによるものです。
小松:「マターリング」のミュージックビデオはモノクロなアー写の世界観を反映させた感じですね。今回のアルバムは全体的に暗い雰囲気をまとっているので、アー写もああいうモノトーンな感じがいいなと思ったんです。なんなら僕が出てこなくてもいいかなとか思ったりして。音が引き算ならヴィジュアルも引き算でいこうと思ったんですよ。
──今回のアルバムを語る上で「引き算」はわりと重要なテーマなんですかね?
加倉:まぁ、SOSITEは二人だけなので最初から引き算と言えば引き算なんですけどね。
──僕がSOSITEを好きなのは楽曲ももちろんですが、ミニマムな編成でマキシマムな昂揚感や爆発力を生み出す面白さなんです。そんなSOSITEの在り方が前作、前々作では曲調や音作りでわかりやすく表現されていたと思うのですが、今回は目に見えるわかりやすさをあえて抑えて、過剰な部分を極力廃して引き算に徹した印象を受けたんですよね。
小松:たまたまこうなったとは思うんですけどね。前作を作っている時、BorisのAtsuo君が「盛り上がらない曲があっても別にいいよね」と話していたのが記憶の片隅にあったんです。アルバムの最後はどうしても盛り上げたくなるところだけど、それを平熱のまま淡々と終わらせるのもいいなと思ったんですよね。ただ、楽曲はそんなふうに引き算だったけど、録音に関しては今まで以上に足し算だったんですよ。「野花」と「郷」にミサトちゃんの鍵盤が入っていたり、「糸電話」では僕がギターを弾いていたり、ミサトちゃんがギターを重ねたり、ノイズを入れてみたり…といった具合に。以前、ミサトちゃんが「ライブで再現できないことをレコーディングではしたくない」と話していたことがあったんですけど、今回はレコーディングならではのこと、今までやってこなかったことをやってみようと思ったんです。