どこか懐かしさを呼び起こす「野花」のメロディ
──たしかに、SOSITEの曲に明るさを感じたことは一度もありませんね(笑)。SOSITEが新たなフェーズに突入したことは、1曲目の「ランチ・オブ・ザ・デッド」を聴けば一発でわかりますよね。何しろSOSITEでは前例のない、殺伐とした雰囲気のポエトリー・リーディングなので。
小松:最後の最後にできた曲なんですよ。ギターを入れずにドラムと声だけで録るという引き算の発想でやってみようと思ったんです。
加倉:この「ランチ・オブ・ザ・デッド」だけレコーディングするまで何のアイディアもなくて、ドラムのパターンだけ決めてあったんです。ドラムを録ったあとにギターでノイズを入れて、声も入れてみたんですよね。
小松:パブリック・イメージ・リミテッドの『フラワーズ・オブ・ロマンス』みたいにノイジーな効果音を入れてみたらどうかなと思って。それで君島さんといろいろ相談しながら、その場でエフェクターを駆使してノイズを録ることにしたんです。
── 一番最後にできた曲がアルバムのタイトルになるとは面白いですね。
加倉:「ランチ・オブ・ザ・デッド」は昼の公園をテーマにした曲なんですが、タイトル自体は小松さんが考えたんです。
小松:ミサトちゃんが考える曲やアルバムのタイトルは一風変わっていて面白いんですよ。『Syronicus』もミサトちゃんの造語で、響きが良かったし。ムーンライダーズの白井良明さんも「『Syronicus』という意味を調べたけど全然出てこなかった」と興味を示してくれたんですよ。ただ「ランチ・オブ・ザ・デッド」に関しては仮歌のタイトルがいまいちピンとこなかったから、たまたま観ていた『ランド・オブ・ザ・デッド』というホラー映画から連想して「『ランチ・オブ・ザ・デッド』はどう?」と提案してみたんです。
──「冷めた昼食」という意味ですか?
小松:…どういう意味なんですかね?
──命名者もわからないとは(笑)。たしかにミサトさんの言語センスはユニークで、この「ランチ・オブ・ザ・デッド」でも「カツアゲする鳩」という引きの強いフレーズがありますね。
加倉:私は平日は普通に働いているんですけど、たまに公園でお昼ご飯を食べていると鳩がエサをくれと寄ってくるんですよ。そこから着想が生まれまして。
──面白いですね。前作にも「ハキダメに鉛」や「私の中華」といった常人には考えつかないタイトルの曲がありましたし(笑)。
小松:僕らの世代はびっくりするような感覚ですよね。
加倉:自分自身のことはよくわかりませんけど…。
──「不透明びより」はzArAmeとのスプリットに収録されていましたが、オリジナルとは異なるテイクなんですか。
加倉:演奏は同じなんですけど、歌は録り直しました。
──オリジナルはボーカルにもっとエコーが掛かっていましたよね。
加倉:たしかにあっちのほうが深く掛かっているかもしれません。今回は君島さんが全体のバランスを考えて、これくらいのエコーにしてくれたんだと思います。
──この「不透明びより」は正調SOSITE節と言うか、SOSITEのパブリックイメージを具象化したような楽曲ですよね。
小松:そうですね。インストから始まったSOSITEと歌が入るようになったSOSITEの中間的なところがありますし。
──そんな楽曲だからこそ、自分たちのアルバムにも新たなバージョンとして入れておきたかったと。
加倉:曲の数を増やしたいっていうのもありましたね(笑)。
小松:それもあるけど、せっかくのアルバムだから入れておきたいですよね。自分たちでも気に入っている曲だし。
──詩的情緒に溢れた「野花」もまた名曲なんですよね。「啓蟄」という言葉を連想させるような、今の季節にぴったりの曲で。
小松:さっきSOSITEの強みは期限までにちゃんと曲を作れることだと言いましたけど、まさにこの「野花」がいい例なんですよ。ミサトちゃんの書く歌詞がすごくいい。
──いいですよね。花の蕾が開いたり、冬籠りの虫が地上に這い出たりするように、自分自身も荒野に根を張って生きていこうという前向きな意志も感じられて。
加倉:曲自体はちょっと前にできていて、春めいた季節や芽生えみたいなものをぼんやりとイメージしながら書きました。
小松:ちょっと昭和感があるんですよね。薬師丸ひろ子みたいな(笑)。
──ああ、僕は荒井由実っぽい曲調だなと思ったんですけど。
加倉:ユーミンは好きなので、ちょっと影響が出ているのかもしれませんね。意識したつもりはないですけど。
──ミサトとトンカツの『ふたりの行方』に収録されていた「ユアシャドウ」は今井美樹や古内東子といった90年代前半の女性ボーカリストの曲をイメージしたところがあるとおっしゃっていましたけど、ミサトさんの書く曲はどこか懐かしい感じがしますよね。まだお若いのになぜこんな時代の曲を知っているんだろう? と思うような。
加倉:親が聴いていた音楽とかもやっぱりちょっと影響があるのかもしれませんね。「野花」は自分のなかでわりと明るい感じを出したつもりなんですよ。
小松:これで明るいんだ?(笑)