個性豊かな〈テキサス・ブルース・レディース〉
──日本でどれだけ準備を整えても、実際に現地のシンガーたちと顔を合わせないことにはわからないことがたくさんありますよね。
甲田:5人ともシンガーだからと偉ぶるところは一切なかったし、一緒に良いサウンドをつくっていこうという思いが全員にありました。だから作業はすごくやりやすかったし、ある程度こういう感じでいきたいとこっちが事前に考えていたことも現場の状況次第で簡単に捨てることもできましたね。
──『I JUST WANT TO MAKE LOVE TO YOU』では5人の素晴らしいシンガーたちが起用されていますが、なかでもクリスタル・トーマスさんの単独歌唱が5曲と最多ですね。これは彼女の歌唱力がいかにずば抜けているかの証明でもあると思うのですが。
甲田:それは必然だったと思います。もともと推しのシンガーでもあったし、歌唱力だけではなく存在感も際立っていたので。
──1曲目の「I'VE GOT A FEELING」を唄っているディアンナ・グリーンリーフさんはドスの効いたパワフルな歌声ですが、クリスタルさんはそれよりもっとフラットで、とてもナチュラルな歌唱法ですよね。
甲田:5人全員の歌を最初に聴いて、ディアンナの歌がジャンル的に一番合うだろうと思ったんですよ。でも実際に合わせてみると、自分たちの感覚としてはクリスタルのほうがしっくりきたんです。もちろんディアンナが悪いわけでは全然なくて。おそらく僕のテナーもかなりがなるので、同じくがなる感じのディアンナよりもクリスタルのほうが相性が良かったような気がします。
──「WALKING THE DOG」や「I DONE DONE IT」を披露しているジェイ・マラーノさんは、伸太郎さんから見てどんなシンガーですか。
甲田:彼女はクールですね。向こうでもかなり人気があって、ヨーロッパ・ツアーをやったりもしてるんです。ものすごくお洒落で、ステージで特にアクションをしなくてもすごく存在感がありますね。ただ立ったまま唄うだけなのに、すごい盛り上がるんですよ。そういうカリスマ的要素を兼ね備えたシンガーですね。
──「FEELING ALRIGHT」や「THE GRAPE VINE」で息の合った掛け合いを聴かせているローレン・セルヴァンテスさんとアンジェラ・ミラーさんは?
甲田:〈ソウル・サポーターズ〉というユニットをやっている2人ですね。最高ですよ。とにかく歌が上手いし、曲によってメインとハモりが入れ替わるんですけど、そのハモりがとにかく素晴らしい。ただ最初、向こうに行くまで彼女たちが何者なのかまったく知らされてなかったんですよ。「この曲は〈ソウル・サポーターズ〉に唄ってもらおう」とエディから連絡が来ても、音源が送られてくるわけでもないから何のことだか全然わからなくて。リハーサルの初日、僕らの宿にローレンとアンジェラが来ていて、さっきまでウチのメンバーが寝ていたソファーに2人で座ってるんですよ。この人たちは誰なんだ? と思ったら、それが〈ソウル・サポーターズ〉だった(笑)。だけどいざ唄い出したら抜群で、エディが2人に唄わせたい意図がよくわかりました。クリスタルの次に唄っている曲が多いのも必然だったと思います。
──ディアンナ・グリーンリーフさんの単独歌唱は「I'VE GOT A FEELING」と「I GOT SUMPIN' FOR YOU」だけなのでもう少し聴きたかった気もしますが、パワフルな歌声以外の彼女の特徴はどんなところですか。
甲田:ライブのパフォーマンスが面白いんですよ。自分がずんぐりむっくりな体型なのを理解していて、その体型であえて飛び跳ねてコミカルな動きをするんですね。それでいて歌をしっかりと聴かせるプロフェッショナルなんです。
──6日間のレコーディングはどんな感じで進めていったんですか。基本はいつも通り一発録りだったと思いますが。
甲田:基本は一発で、最初は5人のシンガーとの曲をメインに録っていきました。というのも、ヒューストンからオースティンに来ているシンガーが多くて、宿の関係もあって彼女たちのスケジュールを優先したんです。シンガーと一緒に「せーの!」で録って、歌を直せるところは直す感じだったんですけど、どういうわけか、エディが「ホーンだけは直せない」と言うんです。だけどリズム・セクションは直せるんですよ。どのパートでも全員が直せないならわかるんですけど、ホーンだけは絶対に直せないというのはどういうことなんだ? って(笑)。おそらくはホーンがメインで、ホーンがちゃんと録れたらOKだとエディが考えていたんでしょうね。その気持ち自体は嬉しかったんですけど、リスキーな録り方だし、ホーンにとってはものすごい緊張感のあるレコーディングでした。ただ、スタジオの中はパーテーションが仕切りとしてあるだけで、シンガーの顔も見えたし、アイコンタクトをしながら演奏できたのは良かったです。
人力でフェイドアウトするのがテキサス・スタイル?
──なぜかフェイドアウトまで人力で演奏させられたという話が最高に笑えたのですが(笑)。
甲田:フェイドアウトする曲になるとエディがスタジオの中に入ってきて、体全体を使ってだんだん小さくなるポーズを取って僕らに指示をするんですよ。それがあまりにおかしくて、フェイドアウトの曲になると扉のほうを見れなくなりましたね。エディが来るぞっていうのがわかるので(笑)。時間がないんだから、そんなの後で機械でやってくれよと思いましたけど、そこはなぜか譲らなかったんです。
──フェーダーを下げるだけじゃダメだったんですかね?
甲田:『IN TEXAS』に入っている「THAT MELLOW SAXOPHONE」はフェーダーを下げるつもりで録ったんですけど、エディは最後にバズっと切れたままのテイクを使ったんですよ。だからやっぱりフェイドアウトは人力じゃないとダメなのかもしれません。それがテキサス・スタイルなのかなと(笑)。ただ、ビッグ・ジェイと共演したライブ盤を聴き直してみると、ビッグ・ジェイもやっぱり人力でフェイドアウトしているんですよ。リズム&ブルースの世界ではそういうのがひとつのマナーとしてあるんだろうなと思って。
──ブラサキの演奏が気に入らないと、エディさんはスタジオ内に乗り込んで「More energy!!」と発破をかけたそうですね。
甲田:そう言われれて納得することが多かったですね。「いや、今のは良かっただろ?」と納得できない時もありましたけど、エディのジャッジは的確でした。彼が理解しているブラサキのポテンシャルはまだまだこんなもんじゃないっていう気持ちの表れだったと思うし、そこは嬉しかったです。ブラサキが録りたい音とエディが録りたい音は共通していると認識もできましたし。
──ジュウェル・ブラウンさんとの共演盤『ROLLER COASTER BOOGIE』を超える作品をつくらなければいけないプレッシャーがエディさんにあったからこその「More energy!!」だったんでしょうね。
甲田:そのプレッシャーはエディにも僕らにもありましたけど、エディは僕ら以上にプレッシャーを感じていたと思います。時間の縛りもあったし、限られた期間内に全部を録りきらなくちゃいけなかったし、ブラサキをハッピーにしてやらなくちゃいけないという気持ちもあったと思います。その中で何とかして最高の音源を録りきるぞという緊迫感がエディには常にありましたね。もちろん僕らにもありましたけど。
──『I JUST WANT TO MAKE LOVE TO YOU』の収録曲の中で目を引くのはやはり山下達郎さんのカバー「YOUR EYES」だと思うのですが、この選曲は誰のアイディアだったんですか。
甲田:達郎さんの曲をカバーするというのは、メンバーのアイディアとしてもあったのですが、この曲に関しては制作サイドからですね。ジュウェル・ブラウンとの作品『ROLLER COASTER BOOGIE』で言えば「買物ブギー」みたいな位置づけでリードにしようと考えた曲です。意外な選曲かもしれないけど良い出来だと思うし、クリスタルの歌唱にもすごく合っていると思います。
──エディさんやクリスタルさんは「YOUR EYES」の原曲を聴いてどう感じていたのでしょう?
甲田:直接訊いたわけじゃないのでわかりませんけど、エディはそういう話題になりそうな曲は必要だと判断していましたね。彼はそういうセールス的なポイントもちゃんと理解しているんです。
──〈テキサス・ブルース・レディース〉の5人がリレーのように唄い継ぐ曲ならば、「I JUST WANT TO MAKE LOVE TO YOU」のような有名曲が良いということだったんでしょうか。
甲田:それはエディの確固たる考えで、今回のアルバムにはどうしても「I JUST WANT TO MAKE LOVE TO YOU」が必要だと思っていたみたいですね。僕自身はそこまで重要な曲だと思っていなかったんですが、エディの中では必ず面白いことになると考えていたそうです。向こうに行って5人のシンガーたちとリハーサルをやって、ようやく納得できましたけどね。