恐ろしい感じで唄うのに試行錯誤した「耳」
──互いへの提供曲は、本作のために書き下ろされたものなんですか。
ミサト:そうです。二宮さんはすごく早くデモを送ってくださいましたよね。去年の12月にこのアルバムの話をして、1月の頭には曲を聴かせてもらって。
トンカツ:そんなに早かったっけ?
ミサト:たしか三が日が過ぎた頃にはいただきましたよ。
──その二宮さんがミサトさんのために書き下ろした「耳」という曲にはちょっとゾクリとしますね。恋人の耳に止まった虫を観察しながら最後は殺してしまうという恐ろしい歌ですが、歌詞から察するに、ここに出てくる虫とはモンシロチョウとかなんでしょうか。
トンカツ:イメージ的には、蚊のでかいやつみたいな。
ミサト:そうだったんですか!?(笑)
トンカツ:架空の虫ですよ。自分としては「女生徒」のその後みたいなイメージで書いたんですけどね。恋をした男が自分の横で死んだように眠ってる。もしかしたら本当に死んでるのかもしれない。まぁ、あまり説明しすぎるとアレですけど。
──歌詞の内容に合わせてなのか、アレンジもちょっと不穏で焦燥感に駆られますね。
ミサト:最後のほうの虫の描写がすごく気持ち悪くて、最初に歌詞を読ませていただいた時は鳥肌が立つ感じで、慣れるまでに時間がかかりましたね(笑)。私、虫が苦手なもので。
──他の曲に比べてすごく冷めた、突き放したような感じで唄われていますよね。
ミサト:二宮さんが送ってくださったもともとのデモもそういう感じで、ささやくようなデモの唄い方になるべく似せてみたんです。
トンカツ:歌入れの時は、恐ろしい感じで唄ってくださいとリクエストしたんですけどね。
ミサト:その恐ろしい感じっていうのが難しかったんですよ。そこはけっこう試行錯誤しました。
──ミサトさんが二宮さんのために書き下ろした「まだら」は、年老いていく家族らしき人に向けて語りかける愛らしい曲ですが、二宮さんをイメージして書かれたんですか。
ミサト:いや、個人的な思いを歌にしてみたんです。そもそも二宮さんに自分の作った曲を唄ってもらうなんて畏れ多いし、「こういうことを唄わせたい」なんてこともないし、どうしようかなと思ったんですよ。それなら、自分で唄うにはちょっと恥ずかしいことを二宮さんに唄ってもらったらどんなふうになるのかなという個人的な興味からあんな歌になったんです。二宮さんに送ったデモはもっと叙情的な感じだったんですけど。
トンカツ:そうですね。コードストロークを弾いてる、もっとゆったりした感じでした。
ミサト:それを二宮さんがポップに解釈して、明るいカントリー調に仕上げてくださったんです。すごくいいアレンジにしていただきました。
──物悲しさを軽くするためにカントリー調のアレンジを施したと?
トンカツ:ミサトちゃんから曲をもらった時に、てっきり自分をイメージしたものだと思って、なんでウチの爺ちゃんのことを唄ってるんだろう? と思ったんですよ(笑)。元のデモはちょっと暗い感じだったので、自分なりの解釈でノスタルジックな、子どもの頃を回想してるような、ふわっとしたアレンジにしてみたんです。
提供曲はフィクションを書くようで面白い
──誰かに曲を提供するのは二人とも今回が初めてだったと思うのですが、実際にやってみていかがでしたか。
ミサト:二宮さんとはスタンスがぜんぜん違いましたね。二宮さんは私をイメージして書いてくださいましたけど、私は二宮さんにまったく関係のない個人的なことを書いたりして(笑)。そういう個性の違いが出てるんじゃないかと。
トンカツ:自分が唄わずにミサトちゃんが唄う曲だから、ちょっと無責任な感じになれるんですよ。そのぶん自由なイメージが湧くんです。いつもの曲作りではできない感じというか、フィクションを書くように曲が作れて面白かったですね。
──提供者のオリジナル・バージョンもぜひ聴いてみたいですね。
トンカツ:俺の唄う「耳」はすごく気持ち悪いと思いますけどね(笑)。
ミサト:二宮さんのウィスパー・ボイスってレアですよね(笑)。
トンカツ:デモは自分の部屋で録ったんですけど、「耳」は特に家族にはあまり聴かれたくなかったんですよ。それで必然的にささやくような唄い方になったのかもしれない(笑)。
──最後の「ふたりの行方」だけ二人の共作で、ベースにPAELLASの金菱雅春さん、ドラムにザ・なつやすみバンドの村野瑞希さんをゲストに迎えた唯一のバンド形式での演奏曲ですが、山本精一さんの羅針盤の楽曲みたいな爽快感、メロディアスでポップなテイストがありますね。
トンカツ:嬉しいですね。一曲だけバンドでやってみようって話になって、それから作り始めた曲なんですよ。
ミサト:最初、サビとサビ前のメロディを私が作ってきて、それを二宮さんの前で唄ってコードをつけていただいて、そこから二宮さんがAメロと歌詞を作ってくださったんです。
トンカツ:頭の二行の歌詞だけ俺が作りました。「今夜のかげに隠れた二人」以降のメロディだけがある段階で二人でスタジオに入って、いろいろと膨らませていったんです。
──「ふたりの行方」というワードはどちらから出てきたんですか。
ミサト:それは二宮さんが考えてくださいました。
トンカツ:詞の内容的に「ふたりの○○」がいいねっちゅうのを話してて、いよいよ曲名を決めないとっていう段階で、俺が「ふたりの」がつくタイトルを何個かメールで送ったんですよ。そのなかからミサトちゃんがこれがいいんじゃないかと「ふたりの行方」を選んだんです。
──バンドのアンサンブルもとても良くて、このまま4人でパーマネントのバンドをやってほしいくらいですね。
トンカツ:演奏はすごく良かったですね。瑞希ちゃんもビッシーもすごくいいグルーブだったし。
「ふたりの行方」のMVでタンクトップを着た理由
──「ふたりの行方」は写真家・映画作家の星野有樹さんが監督を務めた、ミサトさんの後を二宮さんが延々と追って歩く物語仕立てのMVも作られましたね。
ミサト:なんであんなふうになったのか…(笑)。打ち合わせの時にそんな話になったんですよね。
トンカツ:俺が後ろをつけていくアイディアは星野くんから出たんです。途中でミサトちゃんに追いつきそうで追いつかない、距離は離れたまんまなんですよね、悲しいことに(笑)。
──MVの演奏シーンは二人揃ってなぜかタンクトップを着用していますが、何か意図するところがあったんですか。
トンカツ:タンクトップを着るのは俺が言い出したんですけど、ミサトちゃんがずっと可憐なイメージを持たれ続けてるので、今回はちょっと違うイメージでいこうって提案したんです。「女生徒」のMVみたいな感じじゃなくて、もっとミサトちゃんの生々しい感じ、凜とした感じを見たいと思って。ただ、それを提案した時は自分がタンクトップを着ることは想定してなくて、結果的に俺が生々しい感じになっちゃったんですよね(笑)。
──まぁでも、本作のジャケット写真がすでに今までのミサトさんのイメージをだいぶ覆しているように思えますけどね(笑)。
ミサト:zArAmeの(竹林)現動さんに「理解できない」って言われましたからね(笑)。撮影自体は雨のなか、橋の上で並んだところを星野さんに撮ってもらったんですけど。
トンカツ:言われるがままに撮ってもらいましたね。MVと同じくべったりとしないで、距離は離れたまんまで。ジャケットには切れ目まであるし。
──話によると、今回のジャケット写真は原田知世主演の『早春物語』を意識されているそうですけど。
トンカツ:撮影の時は何も知らされてなくて、最近になってそれを知ったんですよ。要するに俺が林隆三なんですね(笑)。
ミサト:私は世代的に『早春物語』を知らなかったのでピンとこなかったんです。撮影の時に地味めのOLという設定だけは聞いてましたけど(笑)。
──でもどうですか、当初の予想以上に手応えのあるアルバムを作れたんじゃないかと思うのですが。
ミサト:そうですね。最初はアルバムの全体像もわからなかったし、手探りな感じで一曲ずつ積み上げていったんですけど、結果的にすごくいいアルバムになったと思います。
トンカツ:もっとサラッとしたものっちゅうか、各々の曲が交互に入ってるだけのアルバムになるかなと思ってたんですけど、一個の世界観がアルバム全体にあるものになりましたね。それは先にミサトちゃんの曲を録ったのが良かった気がします。ミサトちゃんの雰囲気やイメージに寄せて演奏したり、音作りをしたので、それで一個の世界観なり統一感が出せたんだと思います。
──ということは、盲腸、痛風、夏バテで作業が遅れたことに感謝ですね。
トンカツ:その通りですね。まぁ、二度とごめんですけど(笑)。