あなたがもし結婚して幼い子どもがいて、最優先するのは家族を養うために働くことか、それとも働くこと以外に打ち込める大切な何かか。あるいはその両方か。
ここにひとつの選択肢がある。ドキュメンタリー映画『MOTHER FUCKER』でその日常生活にスポットが当てられた谷ぐち家の生きかただ。天衣無縫のアンダーグラウンド・レーベル「Less Than TV」の主宰でありフォーク・シンガー「FUCKER」としても活躍する谷ぐち順とその妻・YUKARI[Limited Express(has gone?)、ニーハオ!!!!]は、9歳の息子・共鳴(ともなり)を育てながら働くことと音楽活動を両立させる生活を精一杯楽しんでいる。家族も音楽も生活も子育ても何ひとつ犠牲にせず、どれも全力で向き合う。迷いや悩みもたくさんあるけれど、家族3人が一丸となってぶつかっていけば何とかなる。そんな「MOTHER」(YUKARI)と「FUCKER」(谷ぐち順)と愛息子(共鳴)の姿、レーベルに集う愛すべきはみだし者たちの人となりと固くてゆるい結びつきに魅せられた大石規湖監督が描くレスザン群像劇、『MOTHER FUCKER』。YUKARIと共鳴、大石監督が本作の制作秘話について語り合ったこの対談でも結局のところ言いたいことはただひとつ。「楽しい、ことだけ!! ぶちかませ!!」(interview:椎名宗之)
自分のやりたいことに全力で向き合う姿勢
──目下、谷ぐちさんがYUKARIさんにただひたすら怒られまくるという、夫婦バトルをフィーチャーした予告編第2弾が大きな反響を呼んでいますが…。
YUKARI:あれねぇ、編集に悪意があるよ(笑)。
大石:いやいや、そんなつもりは全然ありませんよ!(笑)
──YUKARIさんはあの予告編を公開してほしくなかったとか。
YUKARI:イヤですよ、そりゃ(笑)。しかも何も知らない人が見たら、わたしがいつも怒ってる人みたいでしょ?
大石:予告編第1弾を踏まえてのあの映像ってことだったんですよね。撮影でずっと一緒にいて、わたしがYUKARIさんに影響を受けすぎたっていうのもあるかもしれないけど、あのやり取りもYUKARIさんはタニさんに対して怒ってるわけじゃないと思うんですよ。
YUKARI:ああいうコミュニケーションなんだよね。
大石:そうそう、そうなんです。
YUKARI:あの映像を作るにあたって、タニとくらのすけ(大石のこと)が確認作業のやり取りを何回かして仕上げたと思うんですけど…。
大石:あれ? YUKARIさんは確認してないんですか?
YUKARI:わたしは一度も見てないよ。
大石:エーッ!?
YUKARI:「新しい予告編ができたよ」ってタニにいきなり言われたんですよ。有無を言わさずみたいな感じで。あの予告編ができて以来、わたしが「ちゃんとしなよ!」とかちょっと怒るとタニがニヤニヤ笑うようになったんです。「予告編の続きを見てるみたいなんだよね」とか言って喜んじゃって(笑)。
──監督はYUKARIさんから影響を受けすぎたとのことですが、どんな部分に一番感化されたんですか。
大石:人や物事に対する心構えみたいなものですかね。
共鳴:(大石を見てニヤニヤ笑っている)
大石:なんで笑ってるのよ?(笑) なんて言うか、同じ女性として共感できるところがたくさんあったんですよ。わたしは女性が自立して仕事をしたり、何か大きなことを成し遂げるのは難しいなと感じながらそれまで生きてきたんですけど、YUKARIさんの生活とやりたいことのバランス感覚や考えかたがわたしには革命的で。わたしの場合、仕事をやるなら生活が疎かになったり、やりたいことのために何かを犠牲にしなきゃいけないみたいな固定観念がずっとあったんです。でも、映画の中にも出てくるインフルエンザ事件[インフルエンザにかかった共鳴を友人に預け、YUKARIが後ろ髪を引かれる思いでリミエキ=Limited Express(has gone?)のツアーで大阪と徳島へ出かけた一件]の時に新幹線の中でYUKARIさんの話をいろいろ聞いて、生活のことも自分のやりたいことも全力で向き合って決して怠けないYUKARIさんの姿勢にすごく感銘を受けたんですよ。それに、主婦がよくやるようなストレス発散…友達とカフェでお喋りしたり、カラオケに行ったり、ショッピングをしたり、そういうことをYUKARIさんは一切しないんです。
YUKARI:うん、全然やらないね。
大石:ストレスを発散しなくても、どんな物事に対しても真っ直ぐに生きていく姿がホントにすごいし、なんて格好いいんだろうと思って。
YUKARI:なんだか修道女みたいだね(笑)。でも、そこまでストイックじゃないよ。
大石:もしかしたらライブをやること自体がストレス発散なのかもしれないけど。
YUKARI:そうだね。好きなことをやってるから無理にストレスを発散しなくても済んでるんだと思う。
──映画の中で「生活もバンドもどっちも疎かにしたくない」とYUKARIさんが語るシーンはとても潔いし、強く印象に残りますよね。「自分のやりたいことをやるという、最も大事なことをわたしが諦める姿を共鳴には見せたくないし、それを彼のせいにはしたくない」という。
YUKARI:多分、ただの欲張りなんだよね(笑)。
大石:だけど、ただの欲張りと実行力があるのとは全然違うじゃないですか。
YUKARI:どうなのかな。子どもを育てながら音楽をやる上で、わたしの場合は共鳴の性格に助けられてる部分が大きいと思う。共鳴はもともとの性格がおとなしいし、ツアー移動で何時間も車に乗っても文句を言わないし。なかには性格的にライブハウスには連れてこられない子どももいるけど、共鳴はスタジオで待つのも長距離の移動もおとなしく待ってくれるから。