「お前のひとつだけの音を鳴らせ!」という禅問答・吉村秀樹の宿題
──吉田さん、バンドをより活性化させるための帰郷だと当時仰ってましたよね。
吉田:結局、仕事の都合で去年の4月に福岡へ舞い戻ったんですけど、僕が福岡、松石ゲルが豊田、やっさんとDJミステイクが東京と所在地が各地にまたがっても何の支障もないんです。東京に住んでた頃から東名高速を飛ばして松石ゲルのスタジオに通い詰めた習慣はメンタル面でも鍛えられたし、結局はどこに住んでても一緒だなと。もともと仲良し小好しで遊んだりする仲じゃないから、自分が福岡へ帰ってもバンドは充分続けられるなと思って。今度のアルバムの収録曲 はほとんどが東京在住時に出来てるんですけど、「WESTERN DEVELOPMENT 2」、「OUT OF FOCUS, EVERYBODY ELSE」、「ANTENNA TEAM」、「CIDER GIRL」の4曲は完全に福岡に帰ってから出来た曲なんですよ。それ以外の曲はだいたいライブでもやっていたんですけど。
──アルバムのなかでもとりわけ引きの強い曲ばかりですね。
吉田:引きが強いと言うか、酷い曲と言うか(笑)。まぁ、最初の頃は音声ファイルのやり取りも酷かったですけどね。演奏したオケをMP3で送ってもらって、福岡のスタジオでそれに歌を入れてダビングして、「今度のライブはこの曲をやります」ってみんなに送って。練習も全くなしで大阪のファンダンゴで合流して、「今日はこの間送った曲をやるから」「エッ、マジで!?」みたいな感じでしたからね(笑)。つまり、僕が唄いながら演奏したことがない曲なんですよ。それを無理やりライブでやって鍛えて、それでもできるような状態を普段から作っておきたかったんですよね。
──個人練習が今まで以上に必須になったと(笑)。吉田さんは福岡へ帰ったことで、音楽と純粋に向き合えている実感がありますか。
吉田:大いにありますね。今は音楽を生業にしていないこと、全くの異業種の仕事をしていることが大きいです。音楽の仕事で電卓をはじく必要がないと、純粋に音楽と向き合えますから。エクセルに収支を打ち込んで胃がキリキリすることもなくなったし(笑)。音楽とは関係のない仕事をして凄く純粋になれた気がします。自分の音楽のことだけを突き詰めて考えればいいので。P-VINE時代にディレクターとして関わったYOLZ IN THE SKYや割礼、GEZANとの仕事も楽しかったし、いろいろと勉強にもなりましたけど、そういうミュージック・ビジネスの世界から一歩引いて純粋に音楽をやれているのは、実は今が初めてなんですよね。福岡に住んでいた20代の頃もビブレホールでブッキングの仕事をしていたので。こんなに純粋な気持ちでいられるのは高校生以来ですね(笑)。
──だからなのか、今回の『INFORMED CONSENT』には邪念みたいなものがないですよね。ただ真っ直ぐに自分たちのやりたい音楽をやるんだというプリミティヴな感情がそのまま音に表れていると言うか。
吉田:そうかもしれないですね。それはやっぱり、最初にまず8ビートの曲をやろうとしたことの延長にあるからなんでしょうね。ルースターズの「SITTING ON THE FENCE」みたいに、リフが単純で格好良くって、歌詞も少ない日本のロックの名曲ってあるじゃないですか。当時はそういうのばっかり聴いていたんですよ。
──『A GIRL SUPERNOVA』の時の吉田さんは、歌を唄いたいモードだったと思うんです。そしてその地声に近い感じで唄われる歌がじんわりと沁み入るところがあって、とても良かった。今作はその比率をあえて控えめにしてバンド全体のアンサンブルに重きを置いたように感じますけど、バンドを始めた当初特有の直情さ、ピュアな思いが音に込められている気がするんですよ。
吉田:実は『A GIRL SUPERNOVA』みたいな歌モノがボツにした20曲のなかにけっこうあったんです。なんで思い切ってボツにしたのかと言えば、吉村さんに説教された時に言われた一言が大きいんですよ。あれは確か、阿佐ヶ谷ロフトAのバーカウンターで2人で呑んでる時だったんですけど、「『MINIATURES』、良かったよ。『BEST EDUCATION』、最高だったよ。『A GIRL SUPERNOVA』はなぁ…お前、あれはどうなんだ?」って言われて(笑)。「いやぁ、できることはけっこう頑張りましたよ」って答えたら、「そっかぁ…うーん…」と沈黙が流れて(笑)。
──その情景が目に浮かびます(笑)。
吉田:で、「あのな、俺は思うんだけどよ、ひとつの音だけ鳴らしゃいいんだよ」って言われたんですよ。「え? ひとつの音ってどういうことですか?」って訊いたら、「分かんねぇのかよ!? ひとつの音はひとつの音なんだよ!」って言われて(笑)。「それだけ信じろ! どんな作品を作ってもいいし、どれだけ変わってもいいけど、お前のひとつだけの音を鳴らせ!」と。そのことを繰り返し朝まで言うわけですよ(笑)。
──まさに禅問答ですね(笑)。
吉田:その吉村さんからのアドバイスを自分なりに噛み砕いてみると、確かに『A GIRL SUPERNOVA』はバラエティに富んでいるんだけど、ライブでやれない曲が2曲もあるんですよ。「GIRLS ON FLOOR」の“1”も“2”もAxSxE君にサンプリングとループを組んでもらったもので、あのエディット感がお気に召さなかったのかな? と。禅問答の解釈としては簡単すぎる気もしますが(笑)。
目先の利益や安定した将来を提示されると流される人間の弱さ
──『A GIRL SUPERNOVA』はライブでの再現性はさておき、スタジオでの実験精神を優先したという意味でPANICSMILE流の“SGT. PEPPER'S”みたいな作品でしたからね。曲と曲の間に効果音を挟み込んでみたり。
吉田:まさにそれがコンセプトだったんです。あの曲間のインタールードは全曲を録り終えた後、2009年に入ってから録ったものなんですよ。それもAxSxE君のアイディアで、ジャム・セッションを何パターンか録ってエディットしてもらったんです。適当にジャムっただけでこれだけのものが出来るんだから、この4人はホントに凄いなと思ったんですよね。あのインタールードは次のPANICSMILEはこうなるんだという予告篇の意味もあって、まるで曲間にCMが入っているような、多角的なてんこ盛りアルバムだったんですよ。そのてんこ盛りな感じが良くないんだと吉村さんは言いたかったんだろうなと思って。もっとハードコアに徹して、もっと一本筋の通った感じで行けと言うか。ブッチャーズのアルバムってそうじゃないですか。
──『INFORMED CONSENT』は『E.F.Y.L.』や『1/72』といった上京直前に発表された音源を彷彿とさせる乾いた音色が大きな特徴だと思うんですが、AxSxEさんとはどんな録音の進め方をしたんですか。
吉田:ほとんどエディットなしで、ほぼ一発録りでしたね。後からギターをちょっと被せて、ボーカルもコーラスを入れた程度で。AxSxE君が「新しいメンバーのアルバムも是非録りたい」と言ってくれて、2日間の合宿で録ったんですが、音はホントにそのまんまなんです。やっぱりライブ感を出したかったし、粗削りでいいのでそのまま録って欲しいとAxSxE君にはお願いしました。スネアにリバーブかけん、とか。かかってるかもですが。
──最初に聴かせてもらったミックスとはだいぶ変わりましたよね。単色がカラフルになったくらい劇的に変化した印象を受けたんですが。
吉田:それがまさにAxSxEマジックなんですよ。今回みたいなシンセとかのダビングなしのシンプルな編成でもAxSxE流天然色になってますよね。あと、たとえが悪いかもですがグリーン・デイみたいな感じで(笑)。ああいうメロコア・バンドみたいにビートが立ってて、とにかく分かりやすい音にしたかったんですよね。それと、マスタリングをやってくれたテイチクの柴(晃浩)さんがAxSxEサウンドをさらに上手く仕上げてくれたんです。そのマスタリングでさらにレンジが広がった感じでしょうか。ドスンドスンとアタック感が一段と強くなりましたね。
──アルバム・タイトルの『INFORMED CONSENT』は「正しい情報を得た(伝えられた)上での合意」を意味する概念で、医療行為の現場で用いられることが多い言葉なんですよね。
吉田:そうなんです。これは言ってみれば、あの震災以降、この3年間の僕の反省なんですよ。
──反省?
吉田:“INFORMED CONSENT”って医者が患者にこう言うわけです。「レントゲンを撮ったら、この部分に影が見つかりました。ガンです。これを完治するには放射線治療なり、薬物投与なり、レーザー手術なり、いろんな処置がありますが、それぞれの弊害はあります。完治する保障はできませんけど、やってみる価値はあります。私が勧める手術に同意しますか?」と。それで「はい。ではそれでお任せします」と患者が答える。そのやり取りがあった上で治療を進めるのが、“INFORMED CONSENT”が取れているということなんです。歯医者でも何でもですが。要するにコンセンサスが取れた上での処置ってことですね。でもそれはけっこう弊害があるそうで、お年寄りや弱った人の中には専門用語を把握できてない人も当然いて、もう何でもいいから早くラクにしてくれと、すがる思いで医者に治療を頼む。それで結果がどうであれ「いやいやあの時、同意しましたよね?」ってなる。“INFORMED CONSENT”にはそういった良くない側面もあるそうなんです。でも、それって何にでも当てはまるなと思って。
──なるほど。
吉田:普段の仕事でもそういうのはいっぱいありますよね。都合の悪いことは事前に言わずに雇って、会社の都合のいいようにこき使うブラック企業みたいに。人間ってそういうのに弱いなと思うんです。目先の利益や安定した将来を提示されると、つい流されてしまう弱さがある。暗い所を見ずに派手なキャッチコピーだけ見て決めるって言うか。身の回りの些細なことから原発の問題まで、構造は全部一緒な気がするんです。で、震災であれだけひどい目に遭っても全然その辺は進化しないですよね、人類も僕ももれなく。大反省盤ですよ、もう。だから大声で「原発絶対反対!」ってちゃんと言えない引け目みたいなものがあるんです。